需要に応えること

北海道に、シマエナガという小鳥がいます


写真集「シマエナガちゃん」を切っ掛けにブレイクした小鳥で、いまではスズメやインコなどとともに、小鳥の代表のような存在としてよく目にするようになりました


これは去年のモスバーガーのナフキン立ての写真です














シマエナガと検索すると、「シマエナガちゃん」の著者の活動を紹介するページもよく出てくるとおもいます

それらによれば、この小原というひとは気鋭の報道写真家だったのですが、どんな写真を撮って注目されても、世間のイメージに都合のいいように曲解されてしまうことに疲れ、突然アザラシの赤ちゃんを撮り始めたそうです

そして彼は90年代の日本のアザラシブームの火付け役となりました



「作品は女性月刊誌に掲載されましたが、電車の中で女性がアザラシの写真が掲載されたページをじっと眺めていたかと思うと、おもむろに定規を使って写真を切り抜いて、手帳に挟んだんです。写真家人生でこれほど嬉しかったことはありません。 やっぱり写真は、自分が見て感じたことが人に伝わるから撮りたいんだ。どうせ撮るんだったら、人に大事にされる写真を撮りたいって。
(引用元:https://www.sony.jp/ichigan/a-universe/news/171/)




彼は、戦場の写真よりも、アザラシの写真のほうがひとのこころを動かすという残酷な現実に、素直に打ちのめされ、向き合うことにしたのです


つぎのような環境問題への発言にも、ひとのこころを動かせなければなににもならない、というストイックな姿勢が表れているといえるでしょう


「『地球が大切』と言い聞かせても、そんなのでは駄目。感情を動かすには、かわいい動物の姿を見せるのが一番。シマエナガが、子供たちが自然への関心を持つ導入口になればと思っています」
(引用元:https://www.google.com/amp/s/www.nikkansports.com/m/entertainment/news/amp/201711260000576.html)









…さて、話はおおきく変わるようですが、世の中には、夢とは、かならず他人に逆らって追求しなければならないものだ、という発想があります
また、「ひとにいわれたことばかりやっていてはダメだ」「じぶんの道はじぶんで決めろ」などというひともおおいです
こうした哲学には落とし穴がある、とわたしはおもいます

ただの社会性の放棄のことを、ストイックさだと勘違いしてしまい、クリエイターならだれでももっている、万人受けへの憧れを否定してしまうことになる、という落とし穴です






わたし自身としては、他人の描いてほしいものにすなおに応えたり、「もうちょっとこういうふうにしてほしい」というリテイクに従ったりすると、イラストが飛躍的に成長するのでいつも驚いています

それは人目を気にするのとはすこしちがいます
むしろ、この素直さこそが、創作へのストイックさだとかんがえるようになりました