一人っ子

知らないひとには、積極的に兄弟構成を尋ねるようにしています。理解できない不道徳なひとを目の当たりにしたとき、自分が被害に遭わないようにすることもそうですが、そのひと自身がそれ以上罪を重ねないようにしなければいけないからです
そういう生き物なのだと諦めていたのですが、兄弟の一番上のひと、兄がいるひと、姉がいるひとなどのそれぞれの短所を、本人に説明すると、ちゃんと納得してくれるので、言語化の重要性には驚かされます。短所は直りはしませんが、困ったひとはもうこちらを追いかけないでくれるのです



しかしわたしは、どうしても理解し合えないひとがいます
一人っ子です
よくいう、一人っ子は甘えん坊だというような言葉では到底説明のつかない、なにかとても不吉な本質が、彼らにはあると思います。この背筋が凍る感覚を、「思いやりがない」というのでしょうか

例えばわたしは、上に兄がひとりだけいる妹、姉がひとりだけいる弟が嫌いです。相手を怒らせないと自分に振り向かせることはできないと思い込んでいて、否定ばかり繰り返しているので、姉のいるひとは、家族や社員たちから激しく憎悪されていることはしばしばです。しかし、どれだけ敵が多くとも、それは人間がなにに怒るかわかっているからですよね。一人っ子は、それすらわからないのです。だからわたしは一人っ子が嫌いなわけではなく、ただ虚無を感じているに過ぎません
共感性に欠けた3人の男性についての体験談を書いてみます























まず、3人のなかでわたしともっとも関係の浅かったのは、新潟市に住む、タク(仮)という事務職の男性でした


わたしが、昼休みに職場の窓から向かいの家が見えて、猫がキャットタワーで暴れていたと話したところ、タクさんは、「かわいい」と言ったのです
そのときから悪い予感はしていたのですが、わたしがジョジョのポルナレフの話をすると「かっこいいですよね」と言うので、タクさんと知り合ってしまったのが、恨めしくなってきました
そのうち、タクさんはわたしが製造業で働いているとわかると、通話で「大丈夫?」という言葉を繰り返すようになってしまったので、わたしはタクさんと会う約束をしていたのを、断らざるを得なくなりました

猫をかわいいと言うひと、主人公チームのキャラクターにかっこいいと言うひとに、大丈夫? と言われただけで、足元に音もなく氷が迫っているのを感じ、たまらない気持ちでした。それは心無い社交辞令という氷です










2人めは長岡市の樹(仮)さんという、大柄な整体師の男性です


去年の災害的な豪雪で魚沼に閉じ込められそうになっているところを、わたしは新幹線で長岡まで抜け出しました
樹さんは長岡駅でわたしを拾うと、車で一緒にガストへ行き、それから雪が貼り付くニットのコートしか持っていなかったわたしのために、洋服屋を回ってくれました。ですがもはや春物のコートしか置いておらず、なにも買わないまま、ふたりは樹さんのアパートへ辿り着いたのでした
わたしが色々なお店に連れて行ってくれたお礼を言う暇もなく、振り向くと樹さんは床に正座していました。そして頭を下げて言いました。「ガストのお金ください」
レジの店員さんの前で会計を別々にするのならわたしも素直に従ったのに、このひとは卑怯にも、いまになってお金をせびったのです。わたしは既に新幹線代がかかっていて、しかも樹さんが毎回用意しないのでコンドームも買おうかとしていたところでした
雪の降る帰り際、わたしは樹さんから、嘘のように薄いウインドブレーカーを、ガサッと投げ渡されました。
「捨てていいよ」

わたしは、少しも腹が立たなかったのを覚えています。生でセックスしたいのは樹さんなのに、わたしのほうを長岡に来させていること、男同士のようにお金をせびったこと、ゴミを渡したこと、そんなことなど、もはやどうでもいいのです
ただ、樹さんが自分自身を、温かく思いやりに溢れる人物だと考えていることが、かわいそうなだけです。樹さんが呑み込まれている虚無の口には、過去も未来も、闇も光もありません










3人めは、上越市の海上保安官の大祐(仮)さんです


初めて会ったとき、湯沢の日帰り温泉へ行きました。大祐さんがわざわざ湯沢まで来てくれたということから、悪い予感はしていましたが、風呂から上がると、やはり大祐さんはここに泊まると言いました。そしてちょうど江戸時代の温泉にいた飯盛女であるように、わたしに軽々しく「ふたりで泊まると半額になる」と言ってしつこいのでした
車に戻ると、道中、大祐さんはシングルマザーに育てられたことや、女性への尊敬を語り、わたしに「付き合ってください」と言うのです。さっきまで売春婦扱いしていたのに、その支離滅裂さには呆れるばかりでした

優しい言葉とは裏腹に、着いたのは越後湯沢駅ではなく、吹雪の中のモーテルでした。雪山はホワイトアウトで前後もわからず、わたしたちはその仮設住宅のようなラブホへと行くしかありませんでした
当然のようにコンドームがなかったので、わたしは大祐さんのいるベッドではなくソファーに座って、「こっち来てよ」と言われても、頑なに観光パンフレットを読むふりをしていました
テレビでは夕方のニュースが流れています。また若い母親が、自分の赤ん坊を殺した事件があったようでした。するとシングルマザーに育てられたマザコンは舌打ちし、「心がねえんだよな」と吐き捨てるではありませんか
大祐さんにとって、女性とは初対面でも男性の性欲を含めてすべてを受け入れ、赤ん坊ができたら女性特有の不思議な力でもって、ひとりで育てられるという生き物なのです。わたしが男性と同じ人間には見えていなかったのかもしれません