かつて、この国は正しいことをしていました
帝国主義のもと他国を侵略して、ポジティブに、明るく生きていこうとしたのです
国内では汚れた異教や被差別民から清らかな子どもを守り、幸せを願いました
そして大スベりしたのはご存知の通りです
大日本帝国憲法は廃止され、日本国憲法ができ、正しいのはもう懲り懲りだと、心を入れ替えました
上の兄弟のいるひと、つまり次女、次男、姉のいる長男、兄のいる長女などと話していると、この世界観をまだ飲み込めておらず、法律が正しいものだと誤解しているのがわかります
兄弟のいちばん上のひとはよく自由奔放な性格になりがちで、不良と仲良くなり、差別撤廃を説いています。兄弟のいちばん上であるわたし自身、精神障害があり、芥子や大麻の勉強をしていて、よもや自身を清らかな乙女だなどと差別することはありません
それにもかかわらず弟、妹にとって、お兄さん、お姉さんはもちろん法律の側としてイメージされているので、兄弟の上のひとが正しく、自分はいつも間違っているという思い込みがあるようです
わたしに言わせると、差別撤廃は正義ではなく、優しさ、思いやりです。なのに弟、妹は、自身が、正義を語るお兄さん、お姉さんに反抗する立場なのだと早とちりしています。わたしの職場には、お姉さんがいるというベテラン社員がいるのですが、そのひとはかなりの高齢で店長の経験もあるのに、いつも部下に反抗するばかりで、もうだれかが自分に反抗してくる立場なのだという発想はまったくないようです
実際には、弟、妹が「お兄ちゃん、お姉ちゃんは正しいのだから、勉強ができ、収入が安定しなければいけない」と偉そうに差別をするので、お兄さん、お姉さんはそれにずっと反抗してきたのです
兄弟の下のひとが考える世界観と、実際の世界は逆なのではないでしょうか。75年ほどまえ、わたしたちは国に従うのではなく、国を従わせることになったことをいまだ知らないで、文句ばかり言っているひとがたくさんいるように、戦後の世界観は誤解されやすく、難しいです
法律はその場でひとを死刑にするなど正しいことをするのではなく、何度も裁判した挙句態度がよければ死刑をやめるなど、間違っていて、血が通っていて、優しいのです
お兄さん、お姉さんがもし法律の側だとしても、それは間違いだらけの優しく、面白い考え方なのであって、弟、妹のほうがいつも正しいのです