ほしい










わたしは「~してほしい!」という語尾が非常に苦手です
まだ「~しなさい」といわれたほうがいいですし、創作の登場人物にも「~しなさい」という言い方をしてもらっています




仕事でもない、親しい仲のひとから「挨拶くらいしてほしい」などといわれたときの不気味さといったら、鳥肌が立ちます

相手の不機嫌でブスになった顔が怖いというのもありますが、「~してほしい」の主体がこちらになってしまっていて、そのひと自身の存在がないという点で、話し合いようがなく、どうにも困ります





いつもWebページの広告では、ゆるいエッセイマンガが表示されます。そこで主人公である主婦が、「すこしは子どもの世話もしてほしい…」と夫にいっています
わたしはそれを見ると思うのです。そこに彼女の「やりたいこと」が見えないんだよなと

育児が大変だというなら、夫だけ単身赴任してもらって、じぶんは実家に帰ればいいのです。やはり育児は、祖父母や田舎のみんなでやることだからです
そうしたくないのはなぜかというと、もちろん、「ただ夫が好きで、話したいだけ」ということですから、そこに気づけなければ、夫もどうしたらいいかわかりません
男性が家事・育児を手伝わなければいけないという「常識」は抜きにしたとき、すべてが始まるのです

。「気軽さ」を勘違いすべきではないです