12月から、佛蘭西で大規模なストライキの波が広がり、都市が機能しなくなっていっているようです。
わたくしは初めてそんなニユースを観たとき、「いまに始まつたこと乎?」と思うだけで、特に氣にしませんでした。
然し繰り返される報道のなか、どうやら当然の権利だからこそ問題になつているのだということがわかってきました。
佛國では公共機関同士のストが被らないよう日取りが決まっていて、それは珍しくもないのですが、日附のとおりに行つてきた当たり前のストのやり方が、だれにも守られなくなっているので、ニユースになっているのです。
公共機関から締め出されたかわいそうなひとびとを目の當りにしていると、さすがにこころ動かされてしまいます。
住民や観光客は街頭インタビューで、口々に「もううんざり」「佛蘭西がどんな國におもわれているか心配」と語つているのです。
それを聞いているうち、いつもなにかに「反抗」している白人たちの生きざまが、なんとも貧しくおもえてきました。
反抗しておけばいい、というのは、創作の際にもリアリテイを低下させます。雪国並感ですが、肝心なのはいつでも花火のようにキャラを殺しまくることではなく、「みんなで生き残ろう」という意思のほうです。
さて、すこし話題が変わるようですが、いま日本はミュージカルブームです。
ミュージカルは最高です。しかしわたしたちはフランス人ではないのです。
だから、やはり国王をギロチンにかけたこと自体はそんなに褒められたことではない、という視点があってもいいのかもしれません。
わたくしは初めてそんなニユースを観たとき、「いまに始まつたこと乎?」と思うだけで、特に氣にしませんでした。
然し繰り返される報道のなか、どうやら当然の権利だからこそ問題になつているのだということがわかってきました。
佛國では公共機関同士のストが被らないよう日取りが決まっていて、それは珍しくもないのですが、日附のとおりに行つてきた当たり前のストのやり方が、だれにも守られなくなっているので、ニユースになっているのです。
公共機関から締め出されたかわいそうなひとびとを目の當りにしていると、さすがにこころ動かされてしまいます。
住民や観光客は街頭インタビューで、口々に「もううんざり」「佛蘭西がどんな國におもわれているか心配」と語つているのです。
それを聞いているうち、いつもなにかに「反抗」している白人たちの生きざまが、なんとも貧しくおもえてきました。
反抗しておけばいい、というのは、創作の際にもリアリテイを低下させます。雪国並感ですが、肝心なのはいつでも花火のようにキャラを殺しまくることではなく、「みんなで生き残ろう」という意思のほうです。
さて、すこし話題が変わるようですが、いま日本はミュージカルブームです。
ミュージカルの性質や傾向について解説してくれる文章はあまりないのですが、わたしの勝手な実感としては、発祥のアメリカのほか、「マリー・アントワネット」「レ・ミゼラブル」「ファントム」「巴里のアメリカ人」など、フランスを舞台にしたものがおおいなとおもわされます。
FNS歌謡祭でも、毎年勇ましいロマン主義原作のミュージカルの歌を聴くことができます。
ミュージカルは最高です。しかしわたしたちはフランス人ではないのです。
だから、やはり国王をギロチンにかけたこと自体はそんなに褒められたことではない、という視点があってもいいのかもしれません。
日本の江戸時代のひとは、飢饉があっても、打ち壊しするばかりでなく、町会所のしくみのような、暴力以外の道具をいろいろ持っていたのですから、「日本人は戦わない」などと、劣等感を感じる必要もないんじゃないかなとおもえてきました。
そして、無意味にストを賛美してあげる必要もないわけです。
実際、そのミュージカルにも、わかりやすい勧善懲悪のストーリーの演目はひとつもありません。原作者は、憎たらしい政権が倒れてしまえば今度は判官贔屓するものだからです。「戦え!」を口癖にしたひとは、原作もよく読んで、血の気を収めるべきだとおもいます 。
そして、無意味にストを賛美してあげる必要もないわけです。
実際、そのミュージカルにも、わかりやすい勧善懲悪のストーリーの演目はひとつもありません。原作者は、憎たらしい政権が倒れてしまえば今度は判官贔屓するものだからです。「戦え!」を口癖にしたひとは、原作もよく読んで、血の気を収めるべきだとおもいます 。