「怖い」の乱用

ファッション誌記者だったというひとが、ビジネス書を書いたところ、編集から「形容詞使わないで」といわれ、カルチャーショックを受けたという話を読んだことがあります



https://toyokeizai.net/articles/-/187658?display=b



この記事を読んで、形容詞の禁止ってなんだかワクワクするなとおもったの覚えています
そこで「かわいい」という形容をまずは見直しました。基本的には、数字や名詞で表すようにしたのです



例えば、幼い女の子の絵を「もっとかわいくして」と指摘されることがおおいです

女の子が手前にいるときや、煽りアングルで見上げるとき、大きく見えてしまうのです

こうなると、どれだけ小さい身長に描いたところで伝わらないので、「かわいくしました」ではなく、「6頭身から5頭身にいたしました。大人の男性と並んだとき、肩くらいだったところ肘くらいの身長となっております」というと、それ以上のリテイクがなくなったのです


















さて、「かわいい」とあまり言い過ぎるとボキャブラリーがなくなる、というのは聞き飽きたことですが、最近わたしは、「怖い」という形容も、乱用されていて、若者言葉となっているのではないかと感じられてきました



「怖い!」というと、「はあ? 怖いのはこっちのセリフだ」と、非常に激怒されることがあるからです。「怖い」とは、「わたしのほうが常識的だ」という嫌味としての新たな意味を持ち始めているのです
怖い。それはどちらが正しいかという水掛け論開戦の合図であり、あまりじぶんから言わなくてもいいかもしれない、という気がしてきました

あまりに水かけがくだらないので、「怖い」というのを「退廃的な」「ダークな」「テーマが深刻な」「後味がよくない」「あまり前向きでない」「物騒な」というように、別の言い方にするようにしています。形容詞のオンパレードですが、語彙は多くなりました





ごくありふれたことばが、若者言葉だというのは意外ですが……
じぶんのほうが常識がある、というほかにほかにも2つの意味が与えられているのを見ます

ひとつは、「わたしのほうが弱い」
風邪や熱があることを自慢するタイプのひとが、この意味を持たせがちです。みんなとはいいませんが、障害をステータスのようにひけらかしてしまうひとも、怖い、怖いといいます

もうひとつは、「あなたにはわからない」
フィクションには、ほかのひとがなにも感じない場所で「ここ、怖い」というセリフをいう人物がおり、それを真似していつも怖い、怖いといってしまうひとがいます







いずれにしても、だから偉い、という上下関係の含みがあります。水掛け論になりたくないので、じぶんから「なにも怖いものがなくて、堂々としているひとが偉い」という通常の考え方に立ち返りたいです