恐竜と女

わたしは恐竜が好きでした。最新情報や重要なことが簡潔にまとめられた子ども向けの書籍は読まずにはいられず、文化的にとても高度だと感じていました



ですが、こちらが恐竜が好きだというと、男性たちは必ず競ってくるのでイヤです

一次資料ということばすら知らないだろうに、女性に対し知識をひけらかしてきます
ミーハーおじさんは「実はティラノサウルスって走れないらしいよ!」というけれど、心霊の話題の話し方になってしまっています。学者のひとたちが、色々なところであんなにイヤがっているのに、思いやりがないです
もしおじさんが本物のオタクで、じぶんの記事に活かせるかどうかという考え方の前提があれば、それがどの論文に書いてあったのか、そしてその著者先生はどんなひとなのか、仲良くできそうなのか、ということしか興味がなくなるものだと思います
しかし、ミーハーとはいえ大の男に対し、「英語ができるんですね。どこで活動なさっていますか?(国外に出たことがないのを知っている)」「○○先生にお会いになったのですか。どんな方でしたか(大卒ですらないので学者と口を聞いたことがないのを知っている)」などと、かわいそうなことを聞くことができません。気遣って、なにも聞かないであげていると、わたしが一方的に傷ついてばかりです





そして、決定的事件もありました

この数年、旧優生法により不妊手術を強制されたひとが、その違憲性を訴えています
それからわたしは、T. rex の名付け親として有名なH・F・オズボーンのことを検索していたとき、彼が熱心な優生学論者だったという情報が、改めて目に留まるようになりました
オズボーンらが創立した優生学協会は、数々の州で、黒人に不妊手術を施したということでした


そのときは嫌悪感がひどかったですが、いまでは腑に落ちています。いまでも、あらゆる科学の分野に黒人の学者はいないからです
英米において、人間にあまり関係がない地質学や古生物学が、どうして盛り上がり、ひとつの分野となることができたのか、かねてから疑問だったものの、優生論のことを考えると、白人を礼賛するために、熱心に研究されていたというのがひとつの真相のようですね

これは、恐竜のせいではなく、のちにナチス台頭へと繋がる大きな歴史の流れ、漠然とした時代の空気として見るべきでしょう。でもわたしとしては、やはり単なる感情として、恐竜が嫌いになってしまいました

わたしを傷つけた男性たちはみな、白人に憧れていただけだとわかったからです
そして、みずから学問という、楽しくない仕事の話題を出して、無自覚に恐竜のことをひけらかしていたわたしも……























もうひとつ、恐竜には思い出があります

わたしが恐竜を嫌いになるまえのこと、元彼とまんだらけでデートしていたとき、あの『恐竜ルネサンス』を手に入れることができたのです
彼は近いうち、両親に挨拶に来てくれるという話でしたが、音信不通となりました
彼の家に置いてきた衣服などの荷物と共に、伝説の名著とわたしは引き離され、そのまま4年が経ちます

わたしはちゃんと別れたいと連絡しているのですが、その後彼は、荷物を郵送するとも取りに来いとも言わないのです。臆病者の彼ですから、所有権がわたしにあるものを、捨てることができたかどうか、確かではありません。正直、元彼がわたしの荷物を持っている可能性が少しでもあることは、気味が悪いです


彼氏の家の荷物をどうするか、検索していると、「荷物は彼氏といっしょに捨てたと思って、諦めるのもあり」という意見をネットでよく見かけ、確かになあと思いました

というか、わたしも当初はそのつもりで置いてきたのかもしれませんね







わたしにとって恐竜は、元彼のようなものです

嫌いになったということは、まだ「人間のどうしようもなさ」という点で気に入っているのであり、忘れることができず、このような記事を書きました