感謝

「オタクは表現者」という記事で、だれがオタクかということは知識の深さで考えると答えがないけれど、同人活動をしているひとのことだと考えるとわかりやすい、というようなことを書きました


近年は「漫画がどこからか湧いてくると思っているひとは、母親のご飯を待っているのといっしょでダサい」というような、厳しい投稿がバズることが増えています
これはさすがに言い過ぎというか、これでは漫画がかけないひとを責めているかのようですが、「じぶんでかけ」という論調は、少なくともネット上では主流となってしまっていますよね





一方で、例えば川谷絵音さんが自身のアンチに対して「嫌いなのはわかるけど、じぶんのほうがいい曲を作れると思っているのならそれはちがう」という発言をよくするのですが、わたしは音楽に関しては消費側なので、違和感を感じることもあります
「音楽を作るのは川谷さんの仕事なのに、どうしてお客さんや素人と比べちゃうんだろう」と、普段の生活でなにか発言しようとするたび川谷さんを思い出し、このモヤモヤで口を塞がれる感覚です
どこかで、これはオタクやクリエイターにとって、重要な問題だとわかっているからです






「じぶんでやれ」vs「こっちが金を出しているんだから」






一体どちらが正しいのか、わからないままつぎつぎとコミッションは舞い込みます

そのなかでひとついえるのは、やはり経済のことは抜きにしても、感謝はなくてはならないんじゃないか、ということです
それがいろいろな感情の基本として、必要な気がします

「じぶんでやれ」にしても「客なんだから」にしても、どちらの考え方も感謝が欠けているから違和感があったんだ、と気づきました






















確かに、絵師であるわたしへの感謝はなくて全く構わないのです。ありがたいというのは自然にわく気持ちで、こちらから感謝しろとは死んでも言いませんが、仕事ではないところに差支えが出るでしょう
人生が「当たり前」のことばかりになると、なにもかも灰色で、生きがいがなく、だれからも嫌われ、恋だって難しそう



感謝できないひとの特徴をまとめたページがありました
https://big-mac.jp/blog/miscellaneous-and-thoughts/become-people-without-getting-value-and-forget-that-thanks-to/



・自分が一番偉いと思っている
・出来もしないのに意見ばかり口にする
・実力がないから全て権利や知識で理論武装する
・立場を全く考えない
・人の前でそれぞれ言うことが違う
・直ぐに人のせいにする
・自己中心的である
・人の発言に影響されやすい



これらは漫画をかけないひとが漫画を語るときによくやってしまうことです

こちらにはお金を払ってくださったことへの多大な感謝がもちろんあります。そして見る側には創作してくれたことへの感謝があったほうが、なくても取引上、悪くはないですが、人間らしいというだけの話でした