心ではない

わたしは芥子(けし)が好きなので歴史上の医師が阿片を使ったという記述をぜひ読みたかったのですが、『温疫論』はじめ、『薬物誌』『医学規範』『ファブリカ』など、医学の基本的教科書が、市の図書館に1冊もありませんでした。昔のとんでもない治療法を面白くまとめた書籍は3、4冊あるのですが、それらの原典に当たることができない状態です

図書館にないだけでなくアマゾンにもないので、医学はある程度新しくて間違いが少なく、また流行に従った書籍でなければ、取り扱われないのかもしれないとわかりました。流行の病名や薬を与えたほうが、プラシーボ効果が上がるという医師もいるので、この傾向に異存はないですが、上記のような教科書は「間違いだらけの迷信」なのではなく「歴史資料」なのになと、残念に思います。恐らく高価な古本を購入するか、自分で翻訳しないと、原典は読めないのかもしれません


芥子や薬物のことを調べるうち、商業的な面白い歴史の読み物だけでも、清らかさにこだわったアメリカ人たちによる、現代の日本のガチ恋の始まりともとれる記述がたくさんあり、考えを整理することができました。思えば、ガチ恋にありがちなロリータやカントリーファッションはアメリカのものなので、この文化が同国から来たものであっても不思議はないです

きょうはガチ恋の「画面の向こうの男性を愛しているのだからわたしは清らかな女性だ」という考え方は、実はひとりひとりの心からきたのではなく、太平洋の向こうからきたのだという話をしたいと思います

















ヨハン・ハリの『麻薬と人間』には、2013年にワシントン州で大麻が合法となるまで、合法化を求めて社会運動をした、ひとりの女性弁護士が登場します。トニア・ウィンチェスターという弁護士は学生時代、麻薬を絶対の悪とする考え方に感銘を受け、その主張で生徒会長になったような、典型的優等生でした。しかしワシントンで弁護士になってみると、麻薬所持は白人ではなくヒスパニック系の苗字のひとや黒人ばかりが検挙されるので、自分は人種差別の片棒を担がされているのかと、世界観が崩れたそうです


人種差別といえば、近年日本でも話題の優生学です。『旧優生法』は、1946年から99年まであった、障碍者を強制不妊手術してもよいという法律で、現在では違憲とされ、不妊にされたひとたちに賠償が支払われています

優生学は19世紀から20世紀初頭に隆盛し、障碍者よりは黒人の不妊手術を推奨するものでした。その頃の優生論者として有名なのは T. rex を名付けた古生物学者オズボーンです。Wikipedia の情報ですみませんが、アメリカ優生学協会を設立したメンバーの1人でもありました。古生物学には歴史のように、自身の民族を讃える性質が否めず、白人至上主義という主観が入り込んでいます。ナチスの選民思想の親となりました


リディア・ケインとネイト・ピーダーセンの『世にも危険な医療の歴史』を読むと、恐らく恋愛面で日本に影響が強い優生論者は、医師のケロッグではないかと思わされます

ケロッグの前にまず、グラハム粉で有名なグラハムという神父がいました。アメリカでは、子どもを作らない目的の性交や自慰が不道徳とされています。グラハムは全粒粉のものなど身体に良いものを摂取することで、精神も健全となり、子どもがマスターベーションを覚えずにいてくれるとしました

この禁欲的生活の流行を受け、ケロッグは全粒粉のコーンフレークでマスターベーションを防ぎ、またピーナッツバターなどを用いた徹底した植物食によって、エデンに回帰しようとしました。英語版Wikipedia によると去勢や女子割礼も推奨しています。ケロッグたちは、食生活と性欲を管理して、完璧な汚れなき白人を目指したのです






わたしは夢絵の絵師なので、ガチ恋のひとの「最後の乙女となりたい」という考えに寄り添おうとしましたが、やはり人種差別や女性蔑視のことを考えると、「ガチ恋は嫌われやすいけれど、恋はだれの迷惑にもなっていないはずだ」というのは無理があります。恋は迷惑にならないかもしれませんが、清らかであることを名乗ると、みんなを傷つけます

デッサンでは、光を描くには、用紙全体を鉛筆や黒炭で薄っすら塗っておく必要があります。それを消しゴムなどで消して光とします。既に灰色に着色された用紙が市販されていて、それに白い鉛筆などで光を描く画家も多いです。光、つまり麻薬と無縁で性欲もない清らかな白人を名乗るから、闇、つまり穢れた黒人がいることになるのです

だれかひとり乙女がいると、相対的にそのひと以外のすべての女性が売女ということになってしまいます


ガチ恋によく見られる主張のひとつに「たったひとりの運命の人と出会ってほかの男性を知らないまま結婚する。経験人数が多いほうがいいというひとは視界にも入れたくない」というのがあります。それは、言うまでもなくシンプルに差別です。優生学の、ピルや避妊具の普及を遅らせる女性蔑視の影響から独立していません

生きるのが面倒くさく、恋人の付属品になりたいという気持ちはわかりますが、世の中には女性の身体は男性を誘惑するためではなく自分のためにあって、胸すら子どものものではないという考え方のひとが結構いるのです。その女性たちを「視界にも入れたくない」などと言って上からとやかく言うなら、ガチ恋のひとは恋に落ちたのではなく、頭で恋したのです