アカハラ回避

このブログでなん度か書いたことになりますが、學者とは、客観的事実の正確さだけを求める職業であり、本當のことのみを求める子どもです。とりわけ息子、娘がうまれたことのない教授に、おとなとしての態度を期待することはできません。
今囘は、そんな迷惑な先生の弱点をいくつか指摘してみます。これから大学4年生になるひとや、学者と仕事をする機会のあるひとには参考になるところもあるかも知れません。





弱点1:自身が主役だとおもっている

教授たちにとって、なにもしらないまま卒業してしまう学生は脇役にすぎず、場の主役は常に学部長や学長に譲られるものです。
若者らしく、序列を知らないふりをして、みずから場を仕切ってしまえば、教授たちの勢いをかなり削ぐことが可能です。
教授にとって、研究発表の場は、発表者を全否定し、萎縮させる場に過ぎません。質問はしないのです。
なので、寧ろ発表者の学生のほうが「それではご不明な点をご指摘ください」などと、いやなはずの質疑を求めて進行し始めると、空気を一転させられます。
ここで質問してしまったら、まんまと引き立て役にされてしまう、と教授は察し、尻込みします。



弱点:早口のオタクとおもわれたくない

学者は、ただのオタクとプロである自身とをどうにか区別したいと考えているものだとおもいます。だからこそ、彼に矢継ぎ早の質疑で責められたら、「ひとつひとつ、落ち着いてお願い致します」と聞き返しましょう。この場合質問に答えるという親切が前提なので、「もう一度云え」と云うのがそこまで失禮にはならないのです。



弱点3:天然扱いに対応できない

文化人たち全般が、キモオタ扱い以上に恐れているもの、それが天然キャラ扱いです。
「そのご質問はわたしのテーマからずれています」と、学生のほうから逆に教授の質問の仕方を添削してあげれば、相手はしどろもどろになります。若い者が堂々としていると、あまりテレビやネットを見ない教授は、じぶんのほうがなにかおかしいことを言っただろうか、と心配になるからです。



弱点4:アカハラを指摘されたことがない

ここでトドメを刺しましょう。教授というものは、自身の給料を自身で決められるほどの立場にあり、他者から裁かれるとは夢にも憶っていません。
だからこそ、「なぜわたしのゼミの学生にだけ質疑なさるのですか」と、いじめを指摘するのも手です。
学長や学部長が内心「そんなのわたしが法だからに決まってるだろ」「おまえのゼミの先生は下っ端なんだから大人しくいじめられていろ」とおもった途端、みずからの汚さに恥じ入るのです。












最後に、いくら子どもっぽくても、学者の知識は本物なので、正しさで対向するのではなく、あくまで若者らしい善意のみで対向するのがポイントだと指摘します。
「教えを乞う」という基本姿勢を貫けば、決して悪役にされることはないのです。