幇間さんは、藝舞妓の真面目な日本舞踊で凝り固まりがちなお座敷に現れます。かつては政界、財界などに、羽織を作つてくれた旦那がいて、その旦那に無茶振りされることをなんでもやつていたようですが、いまのお座敷体験の観光客に對しては、かつぽれ、都都逸、長唄、そして下ネタだらけのおしやべりを、ある程度決まつた演目のようにして披露しているようです。
わたくしは引きこもりの繪師だつた頃、漫畫を描くなら幇間さんを題材にしたいとネームを描いていた時期もあり、結局雑貨の小賣店を開くこととなつたいまでも、その機智と冷笑には憧れています。ですがそれが同時に寂しいことでもあるのです。暗い女はいらない、ばかな男がいい(本来幇間さんのような面白いひとは非常に聰明ですが)と自分で言つているのと同じなのです。
母親は鬱病の娘が目障りで、そんなにあたしが嫌いなら出ていけと繰り返し、その娘は家出先で建築業に拾われたものの、やはり辛そうだからと切り捨てられました。社長は喜ばせようとして拾つたのに、その娘は全然笑わなかつたからです。新しい彼氏は結婚生活のことばかり口にしますが、やはりお互い釣つた魚なので、あとは笑わなくなる一方なのは目に見えて居ますから、自分からちやんと振りました。
女性は大概、灯りのない灯䑓のようなもので、『星の王子さま』『フラニーとズーイー』『思い出のマーニー』等、笑わない迷惑な女性の登場する文學は數多くあります。しかもただの鉄くずではなく灯䑓のかたちで、まだ稼働できるから、尚更目障りなのです。
キヤバクラで黒服や店長とばかり話すように、お座敷には幇間目当てで行くもので、藝妓はただの言い譯です。わたくしは女性に興味のないひとが好きで、男性が同性を好きであることが心强く、歴代の彼氏に對しても、いまどきパートナーがいて同性の仲間がいないほうが恥ずかしいことだと、真心から傳えるだけです。
でも、それなら女性は何うなるというのでしようか。居場所が無いのに生まれたとでも云うのでしようか。
わたくし自身、雑貨屋へ入つてみて店主が男性だつたら嬉しいです。しかし女性に生まれてしまい、家も會社も居場所だと思えず、その上自殺もできないならば、開業しかありません。
小町通りにあつた奇跡の物件というのは、上の寫眞です。この鶴ケ岡會館第2ビルには、ミルフイーユの店とさつまいもスイーツの店、本わらび餅の店があり、このように立ち止まる若者が多いです。
でもひとつ氣になるのは、わたくしが入る1階の、ビル内部のスペースが、階段も含めてすべて、レンタル着物の店一色に染め上げられている點です。そのテナントが一部屋を残して撤退するというのですが、本當なのでしようか。
下の寫眞は、裏小町通り側の出入り口なのですが、入ると階段下が目の前に現れます。そこはレンタル着物の店の着物で埋まつていて、レンタル着物に用がなければビルに入つてはならない、という精神的効果を與えるだけでなく、わたくしが入る予定の部屋の前を、物質的に塞いでも居るのです。「縁結び横丁」とは名ばかり、土日にもだれひとり通行人が通つていませんでした。
不動産屋に、すべて退かさせるとは云つて貰い、申込書の希望欄にもその階段下のことを強調しました。でもそれ以前の個人の話、寫眞の通り、ほかにも1階に店があるのに汚らしく、いまでもやつてはならないことを、敢えてやつているような人格なのだと思えてなりません。従業員にイケメンのいない女性だけの職場にありがちです。