「中国嫁日記」の2巻にこんな4コマがありました
作者夫婦が、日本人の作者の両親とレストランへ行ったとき、作者の父親が「これ辛いね」といったりすると、作者が「そうかな。そうでもないよ」と、まるで相槌のように相手のことばをつぎつぎ否定するので、中国嫁がとても驚いてしまったというものです
「お父さんが辛いっていってるだけなのになんでいちいち否定するの?!」
さて、名古屋のラーメン店でバイトしていたとき、その地下街は名古屋駅の地下鉄に直結していて、いつも外国人の来店があったのですが、驚いたことがありました
中国人のなかで、「辛いものをいっさい使っていないメニュー」を尋ねてくるひとがほんとうにおおかったのです
アレルギーとはちがうのだとおもいます。しかし世のなかには、例えばハチミツ入り甘口カレーでも口にできないというひとが、ほんとうにいるのです!
とおもえば、テーブルの唐辛子の容器の蓋をかってに開けて、すべてぶちこみ、さらにはほかのテーブルからも勝手に持ってきてそれもぶちこむ、という中国人もいないではありません
中国人と関わると、いつも目から鱗を落とすことになります
日本人は辛いものを我慢して食べることで勝ち誇ったり、酒の一気をかっこいいとおもったり、好き嫌いを厳しく叱ったりして、食生活に根性論を持ち込むのはつねです
それと矛盾することですが、「個性を重視する」というような文句を高らかに掲げる組織がおおいです。しかし個性を認めるという観念そのものが、ひとそれぞれがべつの次元の生きものなのではなく、比較対照できるのだという発想に基づいてしまっているのではないでしょうか。個性だとか、そんなレベルの話ではないはずなのに
中国人を見ているとそんなふうに気づかされます
作者夫婦が、日本人の作者の両親とレストランへ行ったとき、作者の父親が「これ辛いね」といったりすると、作者が「そうかな。そうでもないよ」と、まるで相槌のように相手のことばをつぎつぎ否定するので、中国嫁がとても驚いてしまったというものです
「お父さんが辛いっていってるだけなのになんでいちいち否定するの?!」
さて、名古屋のラーメン店でバイトしていたとき、その地下街は名古屋駅の地下鉄に直結していて、いつも外国人の来店があったのですが、驚いたことがありました
中国人のなかで、「辛いものをいっさい使っていないメニュー」を尋ねてくるひとがほんとうにおおかったのです
アレルギーとはちがうのだとおもいます。しかし世のなかには、例えばハチミツ入り甘口カレーでも口にできないというひとが、ほんとうにいるのです!
とおもえば、テーブルの唐辛子の容器の蓋をかってに開けて、すべてぶちこみ、さらにはほかのテーブルからも勝手に持ってきてそれもぶちこむ、という中国人もいないではありません
中国人と関わると、いつも目から鱗を落とすことになります
日本人は辛いものを我慢して食べることで勝ち誇ったり、酒の一気をかっこいいとおもったり、好き嫌いを厳しく叱ったりして、食生活に根性論を持ち込むのはつねです
それと矛盾することですが、「個性を重視する」というような文句を高らかに掲げる組織がおおいです。しかし個性を認めるという観念そのものが、ひとそれぞれがべつの次元の生きものなのではなく、比較対照できるのだという発想に基づいてしまっているのではないでしょうか。個性だとか、そんなレベルの話ではないはずなのに
中国人を見ているとそんなふうに気づかされます