みんながプロにならなければいけないのか

恐竜のお話です。創作にも通じることなのですが、わたしはいつも、アマチュアをプロと比較してばかにする根拠は、実はどこにもない、とおもいます









まず、「プロとアマのちがいは、責任のおおきさにある」などということは、事実無根です

恐竜のことをかんがえれば、博物館で恐竜の展覧会を監修する教授や、分厚い図鑑を監修する博士などのように、多大なリスクを負うアマチュアがいくらでもいることがわかるからです

なのに、アマがノーリスクなどというのは、偏見を通り越して、無知です



また、「アマには生活がかかっていないのでリスクが軽く、その研究には信頼性がない」などということばも、まったく信じるに価しません

プロだって、生活がかかっているからこそ形振り構わなくなって、なにをするかわからないのではないでしょうか
なのに、どうしてかならずアマばかり疑われることになるのか、いつも不思議です





ちなみに、プロフェッショナルとは、おもにその職業で収入を得て生活している、というだけの意味のことばです
かっこいいひと、とか、仕事のできるひと、とか、そんな意味などまったくないのです



にもかかわらず、わたしたちがアマチュアにマイナスイメージをもたせ、プロをかっこいいとおもいがちなのは、学校の就職対策のせいではないかとおもいます
わたしたちを育ててきた学校は例外なく、今後も生徒を確保するため、卒業生にバイトなどをされるより、定職に就かせることで、評判を上げなければいけません

学校から、「プロでなければ生きていけない」、と脅迫され、植えつけられただけの観念でしかなく、じつはあなた自身の意見ではないのかもしれないということです




ですから逆に、恐竜や、学問というものは、「産業こそがすべて」という日本人の常識に染まった自身を、相対化することを教えてくれるかもしれません