アンジェロ

まだ映画の配給会社の、きらびやかなロゴとテーマ曲の余韻が残る中、暗転した画面にバースデーケーキの蝋燭が灯ります。
浮び上がったダイニングには、ひとりの中年男のほかにだれもいません。ケーキのほかにエビフライやオムライス、メロンなど子供向けのメニューが並んでいて、なのに場違いな男は、パーティーの主役であるように席に座っています。ナイフを取ると、オムライスに「真横」に刺し入れ、卵を慎重に剥ぎ取りました。
男はなにか別の物の皮もそうして剥ぎ取ったことがあるのではないか、と観る者に想像させるのです。
パーティーの本当の主役はどこへ行ったのでしょう。カメラは、ガタガタと音のするその足元へ向かいます。ダイニングの床には男女の大人と、子ども一人が縄で縛られ、転がっているのでした。





わたしは「ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第一章」を観始めて、いつアンジェロが登場するかなと楽しみにしていましたが、いきなりその蝋燭の場面から始まったのは心臓が止まるかとおもい、一瞬で映画の評価は決まるのでした。
その後も評価は上がる一方です。画の美しさはもちろんのこと、随所に未登場のトラサルディーや露伴、鈴美の名前が出されてわくわくし、最後には由花子が康一に暗黒微笑して終わったのが、素晴らしかったです。
もう1年半の歳月が流れてしまいましたが、第二章を待っています。









(以下特定のカップリングの話題に注意してください)








さて、今回は映画の感想に見せかけて、実は片桐安十郎の語りです。
クリスマスに、天使という名前のこのキャラクターのことがどうしてすきなのか、整理してみたくなっただけだったりします。


暗がそもそもジョジョを読むようになったのは2013年のアニメ化がきっかけでしたが、息を呑むほどの美しい絵はもちろん、波紋の設定が興味深くて、のめりこみました。
アニメ化当時、ひとびとは身体を部分部分で考える西洋医学に限界を感じ(よく、病院は症状を抑えたり切除したりするだけで「治す」ということはできないといいますよね)、ツボや体質改善などの東洋医学が見直され始めていたので、それを日本の重化学がブイブイいっていた80年代にすでにテーマにしていた、というのが衝撃だったのです。

アンジェロについても、それと似た興味深さがありました。
アンジェロは犯罪史上類のない凶悪殺人鬼で、ことに性別や年齢に見境のない性犯罪が際立っています。
連載当時はまだ、「痴漢や強姦は、露出の高い服装だった被害者女性のせい」という風潮がつよいなかだったとおもいます。しかし近年では性犯罪は、加害者のもつ劣等意識が起こすもので、べつに彼に性欲があり余っていたから起きたわけではないという知見が普及しつつあります。加害者は弱者を怖がらせる手段として、性交で少年や老婆をも襲うのであって、かならずしも美女を性欲処理のため選ぶわけではないという犯罪学です。
だからわたしは、アンジェロのだれでも犯してきた経歴と、「いい気になってんな」が口癖の性格とが、性犯罪の実態に近いのではと感じました。

しかもアニメの配色は天才的でした。
性犯罪者はばぜか色黒マッチョをイメージされやすいところですが、しかしアニメのアンジェロは不気味な色白で、髪も灰色、そして牛乳屋さんのピンクのシャツを着ていたのです。

アニメのパステルカラーのポエジー、映画のバースデーパーティーのリリカル、これらを挙げても恐らくアンジェロの魅力がだれの胸にも響いていないとはおもいますが……
実際、アンジェロは二次創作において、形兆総受けのなか、モブおじさんの代わりとして活躍するだけなのは寂しいですね。