蜘蛛の糸をひとりで登る

全然創作に関係ないのですが、名古屋に住むひとなら、體験したことがあるかもしれないお話です

わたしは名古屋市内に住む大学生だったとき、コンビニなどのお店で、見知らぬお年寄りからポイントスタンプやステッカーを押し付けられそうになったことが、2、3回ありました。「プレゼント」といって笑っているおじいさんもいました。


こちらは勇氣を出して「困ります」「氣持ちわるいです」「ゴミ箱なら彼処ですよ」と、妥當な反應を見せますが、相手は逆に心底怪訝そうにし、不氣味なものを見る目でこちらを見るのでした。
その目は、ポイントはお金のようなものだから人道的に捨ててはならないという思い込みによるのでしょう。お金を捨てる罪を、まるでチェーンメールのように擦り付け、自分ひとりさえ天國に逝くことができれば良いということです。唯物主義者からすると、ポイントにしてもお金にしても、神と同じく存在しないのに。
それに、ほんとうに善意しかないのであれば、態々私の樣な年下の、如何にも弱そうな女性を見つけて差し出さなくてもいいはずです。そのステッカーがゴミだとしっているからではないでしょうか。

さて、難民に毛布を届けるボランティアがありますよね。これに参加したユニセフ側の人間が、ボロボロの汚れた毛布などと一緒にゴミがたくさん送られてきてがっかりした、という話を聞かせて呉れたことがあります。
あいつら程度ならゴミで喜ぶだろう、という思い込みを「だれかのゴミはだれかの宝」などともっともらしく理屈づけている者が名古屋には夛過ぎます。