老齢の品位

いま、麻生太郎の名前を出しても説得力がないかもしれませんが、彼は著書で、少子高齢化そのものはわるいことではないといいました

むしろ「老い=わるいこと」とおもう先入観が確実に関係している、そちらのほうが問題だと指摘するのです



また、作家の五木寛之は、日本は老いてゆく国だ、といいました。この国がふたたびGDP1位になることを目標にするのは間違っている、というのです



わたしは10代のころからこのふたりのような価値観があることをしっていたので、なんでもかんでも少子高齢化に結びつけようとする昨今のひとびとの口癖には、戸惑います

たとえば親子連れを見ては「少子化問題に貢献してくれてるんだから」というような口癖のことです

ふつうに「子どもは大切なものだし、子育てはたいへんだ」といえばいいのに
そこにわざわざ少子化問題を引き合いに出すことによって、「母親になったことのない女性は非国民」などという響きが加わってしまっています
もしその子が将来上司に尻を撫でられるようなことや、ブスとあだ名されるようなことがあってほしくないのだったら、そのような言い方は控えたほうがいいです
















ところで、おおくの政治家が、「景気回復」を目指し、そのために「若者が子育てしやすいまちづくり」を目指すという方針を掲げているとおもいます

彼らは子どもを大切にしているように聞こえるかもしれません
それでもわたしには、つまり人口は産業の歯車として重要なのだから、もっと生産しろ、と国民に迫っているようにしか聞こえないのです


そして、彼らはこぞって、芸術にお金は使わないといいます
芸術は産業の敵の代表格です。彼らは内心滅べばいいとおもっているのかもしれません



そういうわけで、わたしは創作家として、子どもや異性愛者という生産性だけを重視することに、非常につよい反感があるのです

この世のなかで、少子化や同性愛を問題視することは、意識せずとも、日本の経済成長が世界1位になることだけを目標に生きているようなものであり、非常に精神年齢の低いことです