バリエーションの貧富

「男の子より女の子のキャラクターのほうが、どうしてもデザインに幅が持てる」

ということばを、たまに耳にします
一方で、逆に「女の子のかわいさは一律になりがちだけど、男の子のキャラクターは無限に個性を出せる」

というひともおおいです





どちらが正しいのか、疑問におもったことはないでしょうか


ここでまず明らかにしたいのは、前者の考えのひとは、切り口がファッション面であるのに対し、後者のひとは身体面でものをいっているのだということです

切り口が異なるだけで、根底にはおなじことではないでしょうか




というのも、どちらもその女性キャラクターが美人であることを前提にしているからです。「女性は美人でなければならないが、男性は個性が認められる」というジェンダーは、「美人はなんでも似合うから、男性よりもファッションにバリエーションが認められている」ということと矛盾しません


どちらも結局、おなじ立場なのであり、どちらが正しいということは、実はないのだ、というのがここでの結論です














これを書いている者自身としては、両者のどちらの立場にもありませんでした
じぶんの絵の腕前をだれかのせいにしたことは一度としてないので、「男性/女性キャラのデザインが苦手」ということを、世間の傾向のせいにしたこともないのです

このように、ジェンダーによるデザインの不自由さから脱しているひとは、すでにかなりいるのではないかと、個人的に実感しています




例えば、ジョジョのように男性キャラに化粧をさせたり、花柄の服やヒールの高い靴を身につけさせることに、抵抗のないひとは、男性キャラのバリエーションに困ったことなどないでしょう

それに、カートゥーンネットワークでは、女性キャラクターの顔が個性剥き出しでデザインされていて、美人がいません。それでも彼女たちは特に女性として劣っているように描かれることはなく、主人公と友情があり、また、恋もしています