偏見がない

幼い頃、男子がなるべくゲームの女キャラの話をしないよう、気をつけていた雰囲気を感じなかったでしょうか。中学ではさすがに童貞を捨てていれば偉かったと思いますが、小学校では、性についてはだれも触れる者がおらず、ポケモンの女主人公にさえ緊張しているようでした
腐女子としては、女キャラを好まないことについて、男子とは別の理由もありました。女キャラのわかりやすい表面的可愛さは、商業的意味もあって、そこに注目するのは、作品の真価のわからないひとの態度だからです

お子さんがいるひとや、保育士さんにとっては、いまでもガチャガチャで出てきた女キャラのグッズのことを、「ハズレ」と呼ぶ男子を見かけるのではないかと思います
それは女性への差別なのかもしれませんが、漫画、ゲーム、特撮などの少年向け分野において、逆に女キャラの主張を強くしてしまうと、今度は百合を好む男性に媚びることになります。画面からボーイズラブをなくしてしまうのも、女性にとって良くないと思うのです。女性隊員が増えすぎの戦隊ものや、お笑いの賞レース「The W」のように、フェミニズムを商売にしようとしているのがさすがに消費側にバレて、滑ってしまうのがオチです


「The W」がコケたことなどからもいえますが、男性は女性が好きなのだ、というのは早とちりで、木村拓哉や煉獄杏寿郎は、どの女性の存在とも比べものにならないはずです
オタクがキモいのは、決して男キャラを好きなひとのことではありません。今も昔も、オタクが世間から犯罪者呼ばわりされるのは、百合コンテンツの男性ユーザーが、自身を女性に理解があると思い込み、百合のつもりで気安くベタベタするからです


フェミニストは、毎月の生理痛から、性犯罪の被害者女性が受ける差別まで、男性に女性の事情を思い知ってほしいと考えています。しかしわたし自身が遭ってきた痴漢は、痴漢に遭ったこちらをかわいそうがる名目で、共感のしるしに触ってきました。父親はいつも女言葉を使っており、わたしが鬱病のとき口にキスし、胸を触りました。職場でのセクハラ上司は、みな猫撫で声で、娘がいて、女性の味方のつもりでした。
こちらを性的に見ている男性なのに、女性の側に立ってしまい、距離を詰めすぎるのが問題です。





あまりに痴漢をするので、百合「豚」とキツい言い方をするひとも多いですが、どうして太めのおじさんは、男性であるにも関わらず、「ウマ娘」や「ゆるキャン△」「とある」、「Fate」のような、女キャラが多い作品を好んでしまうのでしょうか。ゲイのひとびとはこう考えています。見た目の悪いひとが、おじさんである自身を承認することができず、男嫌いと化し、ひいてはホモファビアとなったと。確かに、百合おじさんはずんぐりとした土木業と警備員、整体・マッサージ師、サバゲーマーなどにいがちです。ワークマンで知らない女性アイドルの曲ばかりかかっているのは、そういうことだったんだなと思いました。
ワークマンに通う肉体労働のひとばかりでなく、勉強が好きで女性に生まれたかった教員、大学教授、教育県でおなじみの長野県民などにも多いです。肉体労働にしろそのようなインテリにしろ、みなメタボで、あまり鏡を見るのを好みません。

鏡を見ないとボサボサ頭で、シミだらけの服が、百合の制服となります。腐女子が、そんな百合おじさんの見た目を批難しないで、おじさんより腐女子がいちばんキモいだろうと考えていると、おじさんはつけあがります。おのれを美少女と思い込んでいるボサボサ&シミの自惚れ屋が、遠慮なく腐女子と百合ごっこを始め、物理的に舐めてきます。















(インテリの百合豚の代表的人物は、紀貫之ではないでしょうか。80代で死ぬまで、若い女性にガチ恋し続けたゲーテなども、百合豚の可能性があります)












女性タレントや女キャラを好む男性は、異性愛に見せかけて、実は少数派です。普段、M-1とThe W、仮面ライダーとプリキュア、どちらの話題を耳にするか、それは明らかなことなのに、百合おじさんは自らを多数派だとことさらに考えてしまっています。
「ノマカス」と同じく常識に強いこだわりがあるのです。
ノマカスも百合も、だれが常識人かと喧嘩を売り、大変な世界だなと思います。一方でゲイなら、お互いキモいということで、笑いが絶えないのに。常識や正しさでマウントを取らず、みんなで自分が一番変態だと思っていれば平和なのですから、ゲイ以外のひとも、そこに気づいてほしいです。