ユーモアを殺して得られるもの

ほとんどドリーム小説を読まないので、現状を見たほうがいいかもしれない、と、登録しているサーチサイトからほかのサイトを覗いてみたことがあります。気づいたのは、ケータイサイトが隆盛していた時代にはあまりみられなかった、「社会人パロディ」がPCサイトのあいだで普及していることでした。其の時見たのはテニスの王子様が原作のものです。少年マンガ原作の場合、中高生がおもな登場人物となりますが、そのキャラクターがおとなになった未来を描くパロディなのです。ですが、それは小説というよりは、OLである作者の愚痴をヒロインに代弁させたようなものがほとんどでした。

だれでも、ちょっと不幸であることで、幸せなひとたちよりも「まとも」ぶろうとする性質があります
だからすぐに、「社会人キャラに愚痴をいわせれば、リアルになる」、「深刻であればあるほど良作である」というような、短絡的な発想に陥ってしまうのかもしれません











ドリームではないですが、似た傾向はやはりBLにもあります

たとえば、本来、男女がどちらも子どもを産めるという夢のような世界観のはずのオメガバースに、なぜかオメガが蔑視を受けているという設定を盛り込むひとはけっこういます

それがわるいというよりは、現実の女性蔑視をおもわせる直接的な設定で、わざわざ台無しにせずに、もっとユーモアを持たせられないものだろうか、とわたしはおもうのです




もちろんすべてのフィクション作品が、シュールでニヒルなギャグにならなければいけないというのではありません。ユーモアをもって描いた結果であれば、明るくなっても暗くなっても、それは「作品」というに値するのだとおもうのです