外野

また学校の話になります
学生の頃、授業のあとで先生に群がるひとのことを不気味におもっていました
先生が「質問があるひと」と呼びかけるあいだは挙手しないのに、授業が終わるや否や彼のもとに詰めかけて、並ぶタイプのひとびとです
彼らにはどんな後ろめたいことがあって、みんなのまえで挙手できないのでしょうか

大学では、もっと偉そうな感想や意見を教員に押し付けに行く学生もおおくなります。講義のあとなん十分も教員を捕まえて、なにをおもったか、人生哲学の話をするのです



人前に立ちたくないというその甘え、弱さはわるいことではないですが、かといって、偉そうにすることでもない気がします
人前に立つ機会がないということは、おなじ土俵にすら立てていないということなのに、気の小さい先生や女性の先生を言い負かした気になっているのなら的外れです


とはいえ逆に、スピーチなどを披露した生徒に、あとから意見しに行くみっともない先生もいます…
そのときばかりは、先生のほうが外野です
その立場から「きみはこういっていたけれど、わたしはそうはおもわない」などとつっかかられてもどうしようもありません







話の規模が急におおきくなるようですが、民主主義では庶民の「ちいさい声」を聞いてこそ正義だというふうにおもわれています
しかし、民主主義とは本来、スピーチなどで人前に立つスキルを、庶民全員が身につけることを美徳とする考え方のはずなのに、この国ではまったく誤解されているとおもいます


堂々としているひとがまともで、コソコソしているひとが悪人の可能性が高い。一概にそうはいえないこともわかっていますが、その価値観に、たまには立ち返ってみてもいいのにな、とおもわされます。