コミツシヨンでは、キヤラクターの外見や衣装、構圖などを説明する爲の画像のことを「資料」と呼んでいます。それを送つてくださらず、なにを描いて慾しいのかを支拂い後までぼかしつづけてしまう購入者には、危機を感じています。
繪師のなかには「最初のメツセージで可能な限りの資料をご提示ください」という表記をするひとがいます。暗も、支拂いのまえに資料を要求するかたちを取つているのですが、特に夢繪を希望するひとは大変シヤイで、こちらが見積もり段階で画像資料を求めると、音信不通になることもありました。
描いてくれるかわからない絵師に性癖を話すことはできない、画像を用意するのは手間がかかりすぎる、という気持ちはわかるのですが、手掛かりがなにもないまま見積りさせて、取引が始まると、それはゴールがないのにシユートを決めさせるということになってしまいます。というのも、いくらお金を積んでもそれは繪師の著作物なので、本来摺り合わせは一切やつてはいけないのです。支拂いが取引〈開始〉と云うよりは、購入する者にとっては説明が完全に終わったと捉えるべきです。
ごく稀ですが、「資料を見せたくない」気持ちと併発して、「いつでもいい」「なるべくおおきいサイズで」「まだ決まってないけどキヤラをたくさん」という要望をするひとがいます。これらのワードからも、やはりゴールがないのだとわかります。つまり、その作品は必要ないのであって、ただ寂しいから繪師に声をかけているだけです。
繪師のなかには「最初のメツセージで可能な限りの資料をご提示ください」という表記をするひとがいます。暗も、支拂いのまえに資料を要求するかたちを取つているのですが、特に夢繪を希望するひとは大変シヤイで、こちらが見積もり段階で画像資料を求めると、音信不通になることもありました。
描いてくれるかわからない絵師に性癖を話すことはできない、画像を用意するのは手間がかかりすぎる、という気持ちはわかるのですが、手掛かりがなにもないまま見積りさせて、取引が始まると、それはゴールがないのにシユートを決めさせるということになってしまいます。というのも、いくらお金を積んでもそれは繪師の著作物なので、本来摺り合わせは一切やつてはいけないのです。支拂いが取引〈開始〉と云うよりは、購入する者にとっては説明が完全に終わったと捉えるべきです。
ごく稀ですが、「資料を見せたくない」気持ちと併発して、「いつでもいい」「なるべくおおきいサイズで」「まだ決まってないけどキヤラをたくさん」という要望をするひとがいます。これらのワードからも、やはりゴールがないのだとわかります。つまり、その作品は必要ないのであって、ただ寂しいから繪師に声をかけているだけです。