消極的

さくらももこ先生の「ひとりずもう」という漫画を読みました。ちびまる子ちゃんが中学校に進学してから、高校でりぼんの新人賞を獲るまでの物語です

まるちゃんの高校1年生のクラスは、学校で一番厳しい教員が担任となりました
不良も特におらず楽しいクラスでしたが、担任はそうは思っていなかったようです。というのも担任は、クラスがなにをやってもビリで、しかもそれを恥じ入らないのを一喝したことがあり、その日を境にHRに来なくなったのです。生徒はどうして怒られたのかだれもわからなくて、担任の顔を見ないまま、3学期となります
そのとき運悪くクラス委員となったまるちゃんは、ほかのクラス委員に「一度くらい謝っておこう」と連れられて、謝りに行くことになりました。やはり担任は「遅い」と言いましたが、それからはまた顔を出してくれるようになったのでした


同じ学校に進学していたたまちゃんには、「まるちゃんのクラス気にしなさすぎだよ」と呆れられています
「そうだよね。悪いこともしていないけど、別にいいこともしてないもん」


さくら先生の作品ではちびまる子ちゃんのほかにコジコジも人気です。コジコジには、「盗みや殺しやサギなんかしてないよ。遊んで食べて寝てるだけだよ。なんで悪いの?」という名言がありますが、このような「悪いことはしていない」という考えが先生の基本にあるようですね






















わたしはその担任が、教員らしく転勤が多いひとで、他県の出身だったのではないか、と勝手に想像しています
担任は向上心のないのんびりした静岡県民のなかで、ことさら怒りん坊キャラを背負わされてしまったわけです。これが、雪深い厳しいなかで育った岐阜や長野のひとのなかだったら、ある程度人気があったかもしれません




このブログを書いている者自身としては、そうと知らずに東海に進学してしまった時、やはりいじめっ子に仕立て上げられてしまったことがあります
あらゆる場面で嫌われましたが、ここではある静岡県出身のひとと遊んだときの話をしたいと思います。それはスマホを持っていない友だちでした
持ちにくそうな大きなタブレットを買ったばかりで、端末に入っていたらしい見たことのない乗り換えアプリを使うのです。その操作がまったくできておらず、他県を通るような遠回りな路線ばかりが表示されています。わたしが NAVITIME で出した結果を言うと「こっちでは違うけど?」と言ってじっと黙るのでした

それから、そのひとはわたしが NAVITIME で結果を出すまで、じっと睨むようになりました。「おまえはなんでもデキるインテリなんだろ。さぞ優秀なんだろうな」とばかり。わたしはそのひとからまた遊びの誘いがあっても、返事をしないことにしました……わたしは会話でなんとなく、セミナーを受講するだけで簡単に取れる資格の話をしていたので、そのひとから「申し込みました」という一言だけが送られてきたのです。あれだけ睨んでいたのに嫌いなひとをまた誘うなんて!しかも友だちに「申し込みました」って!

東海らしい意思のないひとのエピソードです






もしかして、わたしのほうが、わざわざもっさりした東海のひとと仲良くしようとしたのが嫌味だったのかもしれませんが、実は地味なひとだけでなくイケてるひとのほうも、それはそれで、自分の頭で考えることができているとは言えませんでした
なにもできない地味なひとがいる一方で、上司の愛人になることを喜びにする名古屋嬢まがいも多かったです。上司に、仕事でリーダーにしてもらっていても、ひとよりたくさん尻や胸を触られていても、真剣なお付き合いをしてはもらっていない、ということに気づいていないのです。地味なひとと同じ、中身はもっさりでした
男性はもっと問題です。ひとの機嫌がよかったらじぶんも楽しいというのはそれはそうですが、機嫌が悪かったらじぶんもひどいことを言っていいというふうに、まったく意思がありません。話題を変える、日を改める、などができる静岡県の男性は恐らくそうそういないでしょう。恋愛は「親もしているし自然とするもの」と考えていますが、わたしに言わせると、前列のひとが障害者にぶつかったらじぶんもぶつかっていくということです



静岡県民のひとが、出しゃばらないようにしていること自体を悪いとはいいませんが、まるちゃんの言う通り、「いいこともしてない」のも確かなことです

他県のなんでもデキるいやなひとが仲間にいて、そのひとを仲間外れにはできないというのなら、友だちになるためには相当な覚悟が要ります。優等生と大変な仕事を分かち合ってあげたり、代わってあげないと意味がないのです。同等くらいの容姿、経験、能力でなければ親しくはできません
わたしはちゃんと意思を持って、その他県のひとを仲間に入れないようにしたほうがいいと思います



有名なコジコジの名言の後、さくら先生はたまちゃんとの会話のように「ひとりずもう」で「悪いことはしていない」という消極性を反省しているのだということを忘れないでください