日曜日に初めて、弥彦神社に参拝し、宝物殿も訪れました。そこには歴代天皇の御真影の奉掲室があったので、紹介したいとおもいます
http://zappy.kyarame.com/other/08/yahiko/emperor/emperor_124/emperor.htm
制作者は、馬堀法眼喜孝(まほりほうげんよしたか)という人物です
プロフィールは不明点がおおいですが、1907年に生まれ、22歳のとき明治天皇即位尊像を描いたことがきっかけで、皇室に出入りするようになったそうです。その後、歴史上の人物の肖像を多数描いており、全日本肖像画美術協会総裁の肩書もあって、肖像画の第一人者だったことがうかがえます
法眼というのは、中世から絵師などの文化人に与えられている称号です。没年は不詳で、申し訳ないです
もっとも有名な作品には、お札の聖徳太子や伊藤博文の肖像があるとのことです
そして弥彦神社の御真影は、天照大御神尊像も含めると125点ありました
すべておなじ大きさと色味で統一されています
祖神だけが正面を向いており、頭部から金色の後光が差すように描かれているのが特徴です。神武以降の天皇は、斜めを向き、左右の一方からおなじ色の光が描かれていました
通例では、「神武創業」の理念に基づき、神武天皇は明治天皇のお顔で描かれるようになっているとのことですが、こちらのブログによれば、後醍醐天皇もまた、昭和天皇に似せて描かれているとのことです
これらは特別な品なのでしょうか。ネット検索で出てくる限り、明治神宮宝物殿、長野県の日本歴史館、愛知県の風天洞にも、法眼喜孝謹製の歴代天皇の御真影が安置されており、弥彦神社のものだけ特別ということはないとおもわれますが、保存状態は大変美しく壮観です
125人に見つめられるのは怖いですが、見に行く際には明治神宮か、この弥彦神社がおすすめといえます
画家にはアシスタントがつきものなので、これらすべてをひとりで描き上げたのではないかもしれませんが、それでも、まさに心血注いだ事業だったのではないでしょうか
ですがこうした天皇制を築く取り組みが、結果としてどんな事態を招いたか、我々はよく知るのであり、「眉唾だ」というのが素直な感想でしょう
でも、史学を専攻したからわかるのですが、史学者はそのようなことをわざわざいわないものです。胡散臭いならそれはそれで研究材料だからです。どんな資料をもとに、だれが描いたのか、どうして一部の天皇を似た顔で描いたのか、その由緒に意味を感じるはずなので、その科学の視点が、かえってじぶんを宗教から相対化でき、自由になれるのです
さて、あまり相手にしないようにしていますが、似顔絵を、ろくに顔の写っていない写真だけをもとに描かせようとするひとは結構います
引き受けてしまったら、あとは顔がよく見えないおしゃれな構図として似顔絵を描いたり、一部想像で描くことは、見るひとを騙すことではなく、レーターとしての経験から出た、創意工夫として考えています
古生物の画家などもそうですが、彼らのことを、うそつきではなく、見たこともないものを、無茶ぶりに応えて描けるほどの仕事人だ、と捉える視点があってもいいのに、とおもうものです
