いつでもよくない





(場違いな場所にばかり行っていませんか)









暗は自由人気取りの学生でした。
実は、観光客を受け入れていない個人経営の店にフラッと入って邪険にされたり、誰彼構わず挨拶してアパートの住民から變な仕事を紹介されたり、佛獨の文學しか興味がないのに関係のない中國のゼミに入って嫌がらせを受けたり、自閉症の畫家が接客のバイトをしたりと、迷惑行為を繰り返しては報復を受けました。
「理解を示そう」という上から目線で取り組んでいたということになります。バイトも「お金はあるけど、下々の文化に理解を示そう」とおもってやっていました。その時は日本人同士だから判りませんでしたが、今想えば繰り返されて來た帝國主義でした。



いまやっている畫業も正直必要のないことをやっているな、という気持ちはあります。カスタマーも亦、目的のないままやって来ます。「いつになってもいい」「なるべくおおきい解像度で」「入るだけのキャラを」という、案件なのかどうかもわからない案件(?)許りを受けているという状態です。
この人達は著作者の自由に繪を描いて善いと云うことを知らず、お金で云うことを聞かせたいので、取引が始まってから依頼内容を變えます。ファンとして繪師の好きに描いてほしくないと云うのには、ストーカーと云う問題が有ります。なので自由とは何かと云う話題とはズレて、犯罪の話となるので論外ですが、兎に角今度は、わたくしのほうが自称自由人の襲来を受ける立場となった譯です。
このようなカスタマーを見ていて憶うのは、目的がなくなってしまったら、別に自由なかっこいい生き方というわけじゃない、ということです。

繪師の作品を、なににも使わないのにただ云うことを聞かせたくて購入するひとは、ただ寂しいだけで、自由がありません。
それを使ってさらに商品、若しくは同人活動の企劃を仕上げようという目的がある者こそ、自由なのです。