「ひとは見た目」というような表現が、ずっと流行っています
その科学的根拠は多数上がっていますし、あまり違和感をもつひとはすくないですよね
わたし自身、イケメンや美人がいると明らかに態度が違う自覚がありますし、パッとした光、色などをもっとも重視しなければいけない業種でさえあります。まずは、じぶんの五感を喜ばせることから始まります。美しいものはもちろん大好きです
ですがこの頃、本来ひとの見た目についてうるさくいえるのは、そのひとの同性の家族くらいじゃないのかな、と当たり前のことに立ち返るようにもなりました
「見た目が大事」というようなフレーズは、他人に対して、しかも助言であるかのように装ってしまったらダメじゃなかったかな…と
就活生や営業マンなど、見た目で判断される側が、自衛として「見た目が大事」というのは、まだわかります
「『ひとは見た目じゃない』っていうけど、実際にはひとを見た目で決めつけるわるいひとばっかりだから気をつけようね」という戦略です
でもそうしたわるいひとの側から、「ひとは見た目だよ」と指導するのは本来あってはいけないことで、あえていうときには、そもそも皮肉なギャグとして言い始めたんだったということを、思い出したほうがいいかもしれません
その科学的根拠は多数上がっていますし、あまり違和感をもつひとはすくないですよね
わたし自身、イケメンや美人がいると明らかに態度が違う自覚がありますし、パッとした光、色などをもっとも重視しなければいけない業種でさえあります。まずは、じぶんの五感を喜ばせることから始まります。美しいものはもちろん大好きです
ですがこの頃、本来ひとの見た目についてうるさくいえるのは、そのひとの同性の家族くらいじゃないのかな、と当たり前のことに立ち返るようにもなりました
「見た目が大事」というようなフレーズは、他人に対して、しかも助言であるかのように装ってしまったらダメじゃなかったかな…と
(このブログでは、いつも当然すぎるつまらないことを述べています)
就活生や営業マンなど、見た目で判断される側が、自衛として「見た目が大事」というのは、まだわかります
「『ひとは見た目じゃない』っていうけど、実際にはひとを見た目で決めつけるわるいひとばっかりだから気をつけようね」という戦略です
でもそうしたわるいひとの側から、「ひとは見た目だよ」と指導するのは本来あってはいけないことで、あえていうときには、そもそも皮肉なギャグとして言い始めたんだったということを、思い出したほうがいいかもしれません
そもそもは、じぶんがどれだけひとの見た目に流されるほど単純かを、自虐するために言っていたはずだ、ということです
それを冗談抜きで、科学的根拠をもって他人に助言してしまっているとなると、ちょっと視点を変えてみたいところです。科学的にも仕方がない本能だというのなら、それをオブラートに包むのが人間性ですよね…?
それを冗談抜きで、科学的根拠をもって他人に助言してしまっているとなると、ちょっと視点を変えてみたいところです。科学的にも仕方がない本能だというのなら、それをオブラートに包むのが人間性ですよね…?
『人は見た目が9割』という本を読んだとしても、その本は「ブスをいじめてはいけない」という人間性を前提として、わざと不道徳にし、キャッチーに書かれたものなので、惑わされて加害者になっていないかどうか、あらためて注意が必要だなとおもいます
わたしたちは、本当は「ひとは見た目じゃない」とよくしっているから、「ひとは見た目」というフレーズに飛びついたのです