きようの出だしはちょっと説教くさくてすみませんが……相手の名前を呼ぶこと・覚えることについて書きます。
名刺に相手の読み仮名を書きなさい、などということは、正直繰り返されすぎて聞き飽きたほどですね。なぜそんなに口を酸っぱくするほど重要なのでしょうか。
わたしは不思議でしたが、名前を呼ばれると、そのひとには協調を促すオキシトシンが分泌される、ということを最近知りました。
ぜひ「オキシトシン 名前を呼ぶ」で検索してみてください。それだけのことで愛情ホルモンが出るというなら、相手に攻撃性をなくしてもらうためにも、わたしはいくらでも呼びたいです。
でも、名刺のマナーなど名前の重要性に限らず、ものごとを教えてくれる講師は、中高年のひとが多いです。そのせいか当初のわたしとしては、中高年こそが、相手の名前を覚えることを放棄してしまうお年頃である、という事実を考慮しませんでした
その後親でも講師でもない、外の世界の中高年の方々と話してみると、「あなた」「きみ」という二人称を、積極的に用いるひとが多いなということに、ようやく気づくようになりました
どれだけ地位があっても、相手の名前を忘れてしまった、というのは、部下から「やる気ないなら帰れ」といわれても不思議はないほど、かなり不利な戦況にあるわけですよね。おじさま、おばさまに、「きみには難しいんじゃない」「あなたの服装ではムリだよ」と傷つけられても、「…それで、わたしの名前は?」と言い返せば風前の塵というやつだったのです
それをわたしはできませんでした。二人称が地雷となってしまった本当の理由は、ここにあるのかもしれません。わたしは自己信頼を失ったのです
そもそも、おじさま、おばさまは物忘れがひどいというなにもかっこうよくない立場なのに、なぜそんなに堂々と、バレバレな二人称を繰り返すのでしょうか
それは、「そろそろ勉強をやり直したい」「新しくスポーツをやりたい」と意識が高くなっていることが関係しているでしょう。小さいときは友だちの名前を覚えているので、若い頃には使うことがあまりなかった、「あなた」「きみ」というような書き言葉で話すことが、中二的カッコよさをもち、中高年のこころをくすぐったのだとおもいます
このように、学生の時なにも考えていなかったひとの中二病が、高齢になってやってくることをなんと呼んだらいいのでしょうか…
それはわかりませんが、いずれにせよ、わたし自身がこの変な地雷を克服するためには、無理に中二病の中高年と話してあげようとしないほうがよかったのかな、と考えています
中高年だっていいおとななのだから、名前を覚える必要を感じないわたしのことなんてじぶんから追い出せばよかったのに……じぶんばかり被害者ぶろうとしています
名刺に相手の読み仮名を書きなさい、などということは、正直繰り返されすぎて聞き飽きたほどですね。なぜそんなに口を酸っぱくするほど重要なのでしょうか。
わたしは不思議でしたが、名前を呼ばれると、そのひとには協調を促すオキシトシンが分泌される、ということを最近知りました。
ぜひ「オキシトシン 名前を呼ぶ」で検索してみてください。それだけのことで愛情ホルモンが出るというなら、相手に攻撃性をなくしてもらうためにも、わたしはいくらでも呼びたいです。
でも、名刺のマナーなど名前の重要性に限らず、ものごとを教えてくれる講師は、中高年のひとが多いです。そのせいか当初のわたしとしては、中高年こそが、相手の名前を覚えることを放棄してしまうお年頃である、という事実を考慮しませんでした
その後親でも講師でもない、外の世界の中高年の方々と話してみると、「あなた」「きみ」という二人称を、積極的に用いるひとが多いなということに、ようやく気づくようになりました
どれだけ地位があっても、相手の名前を忘れてしまった、というのは、部下から「やる気ないなら帰れ」といわれても不思議はないほど、かなり不利な戦況にあるわけですよね。おじさま、おばさまに、「きみには難しいんじゃない」「あなたの服装ではムリだよ」と傷つけられても、「…それで、わたしの名前は?」と言い返せば風前の塵というやつだったのです
それをわたしはできませんでした。二人称が地雷となってしまった本当の理由は、ここにあるのかもしれません。わたしは自己信頼を失ったのです
そもそも、おじさま、おばさまは物忘れがひどいというなにもかっこうよくない立場なのに、なぜそんなに堂々と、バレバレな二人称を繰り返すのでしょうか
それは、「そろそろ勉強をやり直したい」「新しくスポーツをやりたい」と意識が高くなっていることが関係しているでしょう。小さいときは友だちの名前を覚えているので、若い頃には使うことがあまりなかった、「あなた」「きみ」というような書き言葉で話すことが、中二的カッコよさをもち、中高年のこころをくすぐったのだとおもいます
このように、学生の時なにも考えていなかったひとの中二病が、高齢になってやってくることをなんと呼んだらいいのでしょうか…
それはわかりませんが、いずれにせよ、わたし自身がこの変な地雷を克服するためには、無理に中二病の中高年と話してあげようとしないほうがよかったのかな、と考えています
中高年だっていいおとななのだから、名前を覚える必要を感じないわたしのことなんてじぶんから追い出せばよかったのに……じぶんばかり被害者ぶろうとしています