ステータス

小さな頃から夢をしっていたひとはいいな、と思うことがあります
例えば楽器の習い事をするだけでなく、音大に入学し、そのままエリートコースを走っているような作曲家は、選ばれし逸材ですね



















一方で世の中には、あまり恵まれないひとも多いです
LGBTのひと、障害や病気のひと、家庭で虐待を受けていたひと、警察のお世話になったことがあるひとなどです



そうした社会的なマイノリティのひとびとは勘違いしてしまう傾向があります
「じぶんは特別なんだ」という姿勢は「そもそも変わり者じゃないひとなんていない」という真髄に至るまえの方便に過ぎないのに、方便にしがみつきつづけてしまうのです


障害や虐待経験をステータスとして営業するひとがいます
暗い過去の告白は、「ひとりじゃないよ」と同じ境遇のひとに呼び掛け、勇気を与えたい、ということです。なのに、むしろ変わっている人間はじぶんだけといわんばかりに、ひけらかしてしまうのが見受けられます

しかしそのひとは稼いで、生きようとしているという点で尊敬できなくもありません。問題は社会に出る前の通信制高校の生徒です。お金にならないのに、教室で寄ってたかって世間を知らない(?)っぽい優等生に、身の上話を自慢しているのではないでしょうか。ニヤニヤと「実は父親が母親を殴るんだよね~」と言ったりしても、じぶんを貶めるばかりです
自慢するなら、虐待の傷を受けながら、その優等生よりも偏差値が高い大学に行ったあとにしなければいけないと思います

例えば学生のひとは、優しそうでなにも文句が言えなさそうなひとに突っかかっていないで、つぎのクラス委員やゼミ長に立候補するなど、ステージに上がる機会を掴んだほうが、自己肯定感、信頼感が上がってスッキリするのではないでしょうか
大人のオタクのひとは、じぶんがもっとも不幸だと自慢していないで、健常なひとと同じか、それ以上に作品が制作できると信じてもいいと思います






わたしにいわせると、「変わり者」がアーティストではありません
建設的に作業して、いまやれることをやっているひとがアーティストです
音楽のアルバムや絵画の画集などを、最後まで完成させられるひとが、ごく限られているので、結果的に変わり者とされるだけです。生まれ育ちではありません