芸術では、そのアーティストの生前に作品が売れていたかどうかには価値を置かない、という発想があります。
美術教師や大学教授たちから、「学問も芸術も、お金にならないけれど、いますぐ役に立たないからこそすばらしい」と学んだひとも多いでしょう。
純粋な若いひとびとが、「お金儲けは悪いこと」「豊かであることは罪」と思い込んで、募金の沼にハマってしまうのは、あまり前向きではありません。
美術教師や大学教授たちから、「学問も芸術も、お金にならないけれど、いますぐ役に立たないからこそすばらしい」と学んだひとも多いでしょう。
二次創作ではなおさら、原作者側や腐って居ない人々の迷惑にならないよう、隠れる必要があります。
問題は、我々がそうした思想をごく若いときに學んでしまう、ということです。まだ児童労働を禁止されてきた時代を引きずっている若者に對して、芸術がさらに非営利の素晴らしさを説いてしまっている、という状態です。創作活動なんて子供のやることだ、と云う偏見も手つだって居るでしょう。
暗はこの頃、非営利の仕事は、ちゃんとお金を囘し、お金を大きくできるようになってからやるべきであって、オタクたちのやっていることは順番があべこべではないか、と感じるようになりました。
きっかけは、同人作家たちのなかに、売上は募金活動をしている團体に寄付する、という者が居るのを疑問に感じたことでした。
他所様のお金の使い途に云々したいと云うよりは、わたくしも直ぐに騙されそうだと危機感を覚えたのです。
ファンからもらったお金なのだから、無縁な者に募金するのではなくて、機材拡充に使うとか、印刷代にするとか、グッズを増やすとかして、ファンのために使ってもいいでしょう。
一度目を覚ましたいのです。オタクがなぜネット上に無償で面白い作品を公開し、売り切れたら同人誌さえWeb再録して呉れるのかというと、愛というよりは、それ以上印刷代がかからないようにするためなのです。
愛があるにしても、それは架空のキャラに対してであり、寧ろ自己満足でなければなりません。オタクたちは、若いのに思い上がってボランティアしているということではなく、ただ赤字になりたくない丈です。
愛があるにしても、それは架空のキャラに対してであり、寧ろ自己満足でなければなりません。オタクたちは、若いのに思い上がってボランティアしているということではなく、ただ赤字になりたくない丈です。
純粋な若いひとびとが、「お金儲けは悪いこと」「豊かであることは罪」と思い込んで、募金の沼にハマってしまうのは、あまり前向きではありません。
まずは知らない世界の子どもたちのためではなくて、自身のファンの爲になりたいですね。