わたしはこのところ、ある問題にこころ砕いていました。
前者は簡単なことで、息子氣取りの相手の見た目や体臭を軽口で貶してしまえばいいです。母親じゃないということが一発で伝わり、二度と話しかけてきません。
逆に、後者は難しいです。女王役を背負うことになり、政治家のような覚悟を要します。
それは、大人しくて、友だちがすくなく、いつもうつ向いて作業している女オタクが、優等生氣取りとされてしまう問題です。
わたしは確かに、「ヘタリア」や「聖☆おにいさん」などを好んでいて、とんでもないインテリに見えるかもしれません。しかしその知識はすべて同人のためなので、まさかひけらかしたいわけではありません。
また、手に職がついて才女のように見えるでしょう。しかし、そのクリエーションに使う横文字や、ホームページでのプログラミング言語の知識もまた、自慢にするためではありません。
それなのに周囲からいい子ちゃんだと勘違いされ、ことさらに「おまえほんとは頭悪いだろ?」と攻撃されてしまうわけです。
こちらとしては、じぶんは元々ギャグとエロしか考えないアホなのに、その上で鬼の首を取ったようにアホと言われても、だからなんだというのか、とても面倒くさいです。
周囲に攻撃される背景には、いい子ちゃん扱いのほかに、「机に向かっているばかりが勉強ではない」という思想がありそうです。
でも、オタクにとっては作業台に向かうこと自体が、大変な労力を伴う「行動」だったりもします。
ここでもやはり、女オタクと周囲の間に誤解が生じています。机にかじりついてバカみたいと言われても、本人にとっては実際に作品をつくって行動してあげているのはこちらだし、いろいろな経験をしろといわれても、遠くに幸せがあるという足し算の思想はひとりで抱えていてほしいですね。
さて、わたしたちの周囲はなぜ不機嫌かというと、母親とおなじ性別である女性がつまらなそうにしているのが耐えられなくて、ひとりぼっちのひとが目障りなのかもしれません。
わたしはフエミニズムにはふたつあると考えています。ひとつはマリア様じゃないと宣言するうことで、もうひとつはマリア様であり続けることです。前者は簡単なことで、息子氣取りの相手の見た目や体臭を軽口で貶してしまえばいいです。母親じゃないということが一発で伝わり、二度と話しかけてきません。
逆に、後者は難しいです。女王役を背負うことになり、政治家のような覚悟を要します。
高校のとき、わたしが机に向かつていると、「試験前でもないのにバカじやねえの」と言うなど、わたしにハラするのが大好きな数学教師がいました。そのひとに害虫駆除を頼んだとき、ニコニコしていつまでも大量のカメムシを相手にしていて、わたしはドン引きしました。「バカ」が口癖であるような幼い中年が、まだ高校生、つまり子どものわたしを母親と思い、その役に立ちたいのです。こちらは奴隷希望者を見抜いて、臨機応変に女王になるしかありません。でも、そういつもいつも頼み事なんて思いつきませんよね。女王であることは茨の道であると思います。