語源の迷路を歩くと、ときどき「誰が最初に言い出したんだ、この謎理論…?」と首をかしげる瞬間があります。歯茎からの出血を「古い血だから大丈夫」とする迷信も、まさにそうした民間医学の気まぐれな産物です。
はっきり歴史書に刻まれているわけではなく、系譜として追えるのは“前近代の体液論的な健康観”と、“出血=毒抜き”という素朴なイメージの混ざり合いです。
中世ヨーロッパでも東アジアでも、身体症状の原因を「滞った悪い血」「古い血」「淀んだ血」と考える思想が広く分布していました。体液論という、ヒポクラテスやガレノスの医学が持っていた「体の中にはいろいろな汁が流れていて、調和が崩れると病気になる」という考え方の延長線です。そこでは血はしばしば“更新されるもの”と捉えられ、滞っていると不調を引き起こすという発想がありました。
この発想が、江戸時代の日本の民間治療でも、漢方の
「瘀血(おけつ:血の流れが悪く滞った状態)」でも、ヨーロッパの瀉血(しゃけつ:血を抜く治療)でも、どこでも似たように顔をのぞかせています。人類、わりと共通して「血は流れているべきで、古い血は悪い」というイメージを抱きがちだったわけです。
歯茎の出血は、現代的には歯周病・ブラッシング不足・炎症・ビタミン不足などが原因で、いわば“新しく起きている出血”です。けれど歯磨き指導のスタッフの目には、歯茎から血が滲むのは“溜まっていた悪い血が出ていくこと”に見えたようです。
歯磨き指導では、血が出た方が歯茎が強くなるという迷信も蔓延っています。
筋肉は負荷で強くなるけれど、歯茎は「負荷をかけて鍛える器官」ではありません。
嘗て民間医学には「血を出すことで悪いものが抜ける」という考え方が根強くありました。瀉血(しゃけつ)のように、あえて血を抜く治療が世界中で行われており、日本でも“瘀血(おけつ)”を取るという比喩が使われていました。そこから「歯茎から血が出る=浄化が進んでいる」という錯覚にスライドする余地がありました。
もう一つ、素朴な観察の問題もあります。歯周病が進んで歯茎が腫れている人が、ちゃんと歯を磨き始めると最初の数日は血が出る。でも、そのまま習慣を改善すると数日〜数週間で腫れが引き、出血が止まり、歯茎が締まってくる。この“時間差の因果”が誤解を呼ぶ。昔の人の眼には「血を出したから締まった」ように見えた。
けれど、生物学的には順序が逆です。血が出るのは炎症の証拠で、歯茎の毛細血管が脆くなっているから。きちんと磨いてプラーク(細菌の膜)を落とし続けることで炎症が引き、結果として歯茎が健康になり、血が出なくなる、それが本来の粗筋です。
歯茎にとって“鍛錬”は必要なく、必要なのは“清潔さと穏やかな刺激”。いわば苔むした石庭を手入れするようなものです。荒縄でごしごし削って「強くなれ」と願っても、ただ荒れるだけ。
はっきり歴史書に刻まれているわけではなく、系譜として追えるのは“前近代の体液論的な健康観”と、“出血=毒抜き”という素朴なイメージの混ざり合いです。
中世ヨーロッパでも東アジアでも、身体症状の原因を「滞った悪い血」「古い血」「淀んだ血」と考える思想が広く分布していました。体液論という、ヒポクラテスやガレノスの医学が持っていた「体の中にはいろいろな汁が流れていて、調和が崩れると病気になる」という考え方の延長線です。そこでは血はしばしば“更新されるもの”と捉えられ、滞っていると不調を引き起こすという発想がありました。
この発想が、江戸時代の日本の民間治療でも、漢方の
「瘀血(おけつ:血の流れが悪く滞った状態)」でも、ヨーロッパの瀉血(しゃけつ:血を抜く治療)でも、どこでも似たように顔をのぞかせています。人類、わりと共通して「血は流れているべきで、古い血は悪い」というイメージを抱きがちだったわけです。
歯茎の出血は、現代的には歯周病・ブラッシング不足・炎症・ビタミン不足などが原因で、いわば“新しく起きている出血”です。けれど歯磨き指導のスタッフの目には、歯茎から血が滲むのは“溜まっていた悪い血が出ていくこと”に見えたようです。
歯磨き指導では、血が出た方が歯茎が強くなるという迷信も蔓延っています。
筋肉は負荷で強くなるけれど、歯茎は「負荷をかけて鍛える器官」ではありません。
嘗て民間医学には「血を出すことで悪いものが抜ける」という考え方が根強くありました。瀉血(しゃけつ)のように、あえて血を抜く治療が世界中で行われており、日本でも“瘀血(おけつ)”を取るという比喩が使われていました。そこから「歯茎から血が出る=浄化が進んでいる」という錯覚にスライドする余地がありました。
もう一つ、素朴な観察の問題もあります。歯周病が進んで歯茎が腫れている人が、ちゃんと歯を磨き始めると最初の数日は血が出る。でも、そのまま習慣を改善すると数日〜数週間で腫れが引き、出血が止まり、歯茎が締まってくる。この“時間差の因果”が誤解を呼ぶ。昔の人の眼には「血を出したから締まった」ように見えた。
けれど、生物学的には順序が逆です。血が出るのは炎症の証拠で、歯茎の毛細血管が脆くなっているから。きちんと磨いてプラーク(細菌の膜)を落とし続けることで炎症が引き、結果として歯茎が健康になり、血が出なくなる、それが本来の粗筋です。
歯茎にとって“鍛錬”は必要なく、必要なのは“清潔さと穏やかな刺激”。いわば苔むした石庭を手入れするようなものです。荒縄でごしごし削って「強くなれ」と願っても、ただ荒れるだけ。