ポール・オースターの『ガラスの街』前半に登場する依頼人は、物語の象徴的かつ強烈な人物でした。
依頼人は乳幼児のころ、聖職者の父親に言語を習得しないよう監禁されていて、救出されてからは通常の英語と、聞いたことのない言語のようなものを混ぜて話していました。歩き方がおかしくて、いつも人間に擬態しているような容子です。
依頼内容は、父親が刑期を終えて出所するので、自分を殺しに来るはずだから監視してほしい、というものです。
著者はカスパル・ハウザーから着想を得たとは発言していません。併し、茲で類似点を並べてみることにしましょう。
- 幼児期の隔離・監禁と社会化の遅れ
カスパル・ハウザーは、乳児期に誰にも育てられず、突然社会に現れた“野生の子”として知られています。『ガラスの街』の依頼人も幼児期に父親に監禁され、言語習得を阻まれたことで、社会的なコミュニケーション能力に異常が生じています。どちらも人間社会の「外」に置かれていた存在です。 - 異質な身体性・振る舞い
依頼人は「人間に擬態しているような容子」と描かれていましたが、これはカスパル・ハウザーの歩き方や身振りのぎこちなさと通じます。身体を通して社会からずれていることを表現しているわけです。 - 言語・コミュニケーションの歪み
聞いたことのない言語を混ぜて話す依頼人は、カスパル・ハウザーが最初に話していた「意味の不明な発語」と重なります。どちらも言語を介しての人間関係の成立が困難で、他者との接触が常に微妙に歪んでいます。 - 父親/加害者との危険な関係
依頼人は「父親が自分を殺しに来る」と恐れる存在で、これはカスパル・ハウザーが暗殺された謎とリンクします。幼少期の加害者が再び存在として立ちはだかる恐怖──過去の隔離や暴力の延長線上での死の危険──というモチーフが共通しています。 - 近代社会と外部世界への接触
どちらも近代社会の外側から突然登場する人物であり、社会が彼らをどう扱うかがテーマになっています。ポール・オースターが描く依頼人は、カスパル・ハウザーの存在を現代的に変奏した「社会的に異質な人間」の象徴とも言えます。
依頼人は、孤立・異質性・暴力の危険といったテーマを通して、読者に不安定な存在感を強く印象づける存在になっています。