意識高い系という人々について、意味が曖昧になつてきたので、まとめてみました。先ず一言で表すならば、主にギークを目指している者のことだと考えます。
ナードとギークとはなんなのかについてですが、學生時代、体育が得意ではなかったメガネくんというのが共通しているのではないでしょうか。
ナードというのはポケモンや遊戯王に夢中のオタクで、どちらかというとPCそのものよりはゲームに親しむでしょう。運動はおとなになっても特にしません。非常におしやべりで、いつも仲間とゲームをしたり、釣りや虫捕りをしたりと樂しそうです。ひとによりますが黒髪で、前髪が長いイメージしようか。
そしてギークはPCなど家電に强いオタクです。人生を有意義にしようと、アフアメーシヨンや引き寄せの法則、代替医療等を取り入れ、またボクシングやマラソン、ロードバイクなど、だれにもじぶんを理解されてなるものかという個人主義で、健康を目指します。友だちはおらず、いても人脈と呼びたがります。大體は坊主頭やスキンヘツドのイメージでしょう。
ある、マラソンをしているひとが、學生時代は運動が大嫌いで運動部員のことも軽蔑して居たけれど、やつてみたらみるみる記録が伸びて、フルマラソンを完走できるようになった、と語つていました。
それはメンタリストの DaiGo さんが、幼いころから友だちがひとりもいなくてテレビ業界でも嫌われたけれど、いまではじぶんを見くびつていたひとたちの年収の、何倍もの額を納税していると言うのに似ています。持久力と収入とで違いはありますが、かつての己の劣等感と逃げずに向き合つている構圖が共通しています。
意識高い系の努力はなかなか真似できることではないものの、然しできることが増えた分好かれる、というのは、現實とは少し違うでしょう。肝心なのは子ども時代の嫌われ者が、協調性を持つということだつた筈です。曽ての運動部員より冴えなかつた自身のほうが持久力(もしくは年収)だけは上囘つてやつた、ざあまみろ、ではかえつて惡化して了つて居ます。ステータスは、人付き合いができないことの言い譯です。
というのも、そのマラソン男はわたくしに「けつこう歩くの速いけどついてこれる?」と言つたのです。フルマラソンを完走するよりは、女性の歩調に合わせられるようになるほうが重要です。
つまりこの記事は、ギークをナードより社交的とする世間一般の考え方を、真つ向から否定するものです。ギークのようにちやんと肉体的に強い男だけがモテる正當性がある、男の正装はスポーツウエアだ、というのは都合のいい思い込みなのです。
いつも仲間に囲まれるナードは、ゲームで適切なハンデを考えるなど、とにかく面白い勝負が好きという性格です。ギークを目指す意識高い系はハンデを与えるどころか、どの自己啓発本にも「ついて来れない愚かな人間は置いて行け」というようなことが書いてあるので、基本的にじぶんと戦つてばかりで相手に向き合わないのです。そもそも会話能力がないということについて、こちら早めに気づく必要がありそうです。
個人主義者がこちらと食事すること自体が間違いで、協調性を高めたいわけではないひとにデートさせるのは忍びないです。とりわけ坊主頭の本格的な意識高い系に関しては、女犯の破戒僧という意味も出てきます。すぐ修行に戻っていただき、恋活、婚活は控えてほしいところです。
意識高い系のかたちについて、わたくしはいまのところ5種を確認しています。
ミソジニー
老いをスポーツで紛らわす男性です。女性の話で初めて知ったことでも、知つたかぶりで只管「そうだよ」を連呼するのが特徴です。白髪は染めず、スポーツウエアしか服を持っていないので、外見的にも最低クラスです。多くの場合背が低く、コンプレックスの塊で、誰にもわかつてもらえないとばかりに、常に逆上しています。女性といると、學生時代を思い出して惨めな気持ちでいつぱいになってしまうのです。
自己啓発
老いをポジティブで紛らわす男性です。接客業か、または患者やお年寄りに直接対応する福祉のひとに多く、見た目は紳士で、一人称が「お兄さん」であることが特徴です。女性が弱音を吐いてもまったく相手にせず、持論を一方的に展開して励ましてあげます。隙あらば若さアピールが差し挟まれ、自身がおじさんなのにおじさんの人権を認めないという点で、百合厨と非常に似ています。
百合厨
老いを非常に年齢の若い女性との交際で紛らわす男性です。教師と接客業、特に関西に多く、女言葉と「~のですか?」という敬語で囁くように話すのが特徴です。しゆつとした者もいますが、メタボであればあるほどおじさん嫌いの女體化願望が強いです。騙せそうな若い女性がタイプで、本物の女性嫌いのオネエとは逆に、百合のふりをしていきなりベタベタするサイコパスです。
悩み相談室
これは20〜30代の若い者に多く、不安や焦りを他人の不幸で紛らわす男性です。外見は無個性か純朴そうで、テストの問題文のような言葉しか出ないのが特徴です。見た目に似合わず上から目線で、同じことを何度も聞き、どうしても恋愛相談へ持ち込もうとし、相手が自分よりコミユ力が低い、ということにします。こちらが、女性は男性に選ばれる樣努力しなければならないという差別の論調に辟易していると、自身が嫌われているのではなく「もしかしてひとと話すのが苦手ですか」といったふうに。開口一番に「悩みとかある?」とカツアゲする者もいました。
宣教師
勉強で、轉職活動が終わらないことの不安を紛らわすタイプで、圧倒的に女性が多いです。無趣味で「現代人に英会話は必須」「週末マーケティングを勉強しないのはあり得ない」とばかり繰り返し、言葉とは裏腹に、勉強をごく当たり前のことだと思えていません。漢字が苦手です。ひとりで暴走して了つていますが、幸せなひとが嫌いなので自身がツラいのも本望の様です。