(2020年の神奈川縣の書籍購入額は、全國11位と髙めです。書店、古書店はいつもひとでいつぱいなのです。以下は、神奈川縣のひとが書物を讀まないと云いたいのではありません)
思いやりが賢さだという言葉に度々出逢います。
思い遣りを忘れた、自稱Sのひとには思いの外出會す機會が多いです。もう去年の話ですが、市のテニス大會で優勝したときの賞状だという畫像をプロフ畫にした、明らかな愚か者と、うつかりデートしてしまいました。
テニスの自慢話しか話題がないことは、わたくしを恐れてのことでしよう。目の前の女性がおとなつぽくて、自身を大きく見せるしかなかつたというなら、あまり惡い氣はしません。しかし自慢話以外はというと、今度はお子様ランチを勧めたり、ランドセル賣り場の前を通つたとき「賈うの?」と言つたりと、自身の緊張を解くためだけに、露ほども面白くない冗談を言うのでした。
呆れたのは、あの樂しいヴイレヴアンの店先で、入ることができず、まるで見知らぬ新しいカーペツトが部屋に敷かれているときの鸚鵡のように、自分の足場がないかと右往左往していたことです。床は全部足場なのですが。その後、味を占めたわたくしは、ヴイレヴアンではない堅い書店をも梯子し、獨りで賈い物をすることが叶いました。
其れからこれ此れ迄で1年間ほど、美容師や會社の上司など、冗談のつまらない男性が、みな例外なく「本なんて頭が痛くて一文字も讀めないよ」を口癖にしているところを聞きました。蛙亭岩倉さんが最も痛いと評す、〈實力の伴わないS〉です。
書物を厭うSは、口を開くたび無知を晒しています。