だれも知らないこと





警察署から古物商の許可が下りました。経歴書には勤務先の入社日、退社日まで書かなければならず、憶えている筈もないので、せめてカレンダーを遡つて土日だとわかる日は避け、日附をでつちあげるしかありませんでした。そのなんとなくな経歴書が通つたと云うことなので、安心したと云うよりは少しシヨツクです。



いま、コクトーの『山師トマ』と云う小説を讀んでいます。トマは成人してもごつこ遊びばかりで善惡を知らず、第一次世界大戦當時有名だつた将軍の、甥を名乗つていました。トマは人柄の魅力があり、然もトマが居ることで隊が優遇されるので、仲間が疑う理由はありません。トマの實の肉親が尋ねて来た時さえ、影響は有りませんでした。
現代でトマのようなロールプレイの人生はあり得るのでしようか。自身が誰で、いつ、どこにいたのかと云う情報は明らかなことの様に思えます。然し、ひとの出身校や前職の企業を検索したことがあるでしようか。學校や企業の名称が當時から變わつてしまつていることも多く、また一度検索したところで忘れるとわかつているので、暗としては検索したことがありません。それに、相手の経歴を疑う様なひとのほうが不利になるものです。學校や企業は、部外者から在籍確認があつても情報を開示することはありません。それでは監視カメラはと云うと、矢張り誰も見ていません。事件があつて、後から警察が見ることはありますが、途中身分証など映つて居なければ、どこの誰かはわかりません。施設のものは作動しているかもしれませんが、そこに入店しているお店夫々のカメラは、作動さえして居ない場合も多いのです。
實は、いつなにをしたのか、自身で日記でもつけていなければ、ほかの誰も記録しておらず、記録があつても興味があるひとはいないので、過去の事實を探り出すことは叶いません。





「誤解」と云う記事で、誤解と云う概念が理解できないと書いたのは、事實だけを述べたプロフイールを信じてもらえたことが尠ないからです。
發達障碍にはこの歳までキヤリア形成の意圖がなく、わたくしが業界も職種も、居住地もフラフラして居て意思がないことを、みな怪しみます。ひとはわたくしに相手にされていないと思い込み、傷ついて居るので、そんなに問い詰めるのです。本當のことを傳えて相手を傷つけるよりは、優しい嘘と云うものを考えざるを得ません。

先ず、實際にはこれ迄のキヤリアは飲食店、旅館、施工管理等、接客周辺ばかりでしたが、それでは納得してもらえません。川崎の化學メーカーが現職なので、大學を出てすぐ工場に勤めたこととしました。
なぜ化學メーカーかと云うのは、家族が理系だつた影響としました。醫療機器の組み立てをしていた者と、バイオの研究をして居た者が居たと云う無根の設定です。
また、實際に卒業したのは名古屋市にある同朋大學というところでしたが、なぜ新潟縣民が東京ではなく名古屋なのか、としつこく問い詰められるのは避けられません。いまは神奈川出身として説明することにし、母校は、神奈川工科大學としています。
接客だつたのに工場一筋と云い、名古屋の大學を出たのに神奈川の大學を出たと云う、このような来歴を創作した上で、實際に履歴書に書いて居ますが、納得してもらえなかつたことは、未だありません。矢張り、本當のことがいちばん嘘くさいのです。