人間は自然

株式会社--- 法務担当者様

拝啓


初めてお手紙差し上げます。――の長女暗と申します。
突然お手紙する無礼をお許し下さい。

父の苛烈な差別意識のことで相談がございます。社員の方が被害に遭われない樣、遭われた際、ご自身が悪いと泣き寝入りして改善の機会を逃すことのない樣、願うものです。
父は平生、在日含め韓国人、そしてキリスト教圏に対する差別意識を積極的に口にすることを好んでおります。そしてテレビに映るネイルをした女性に「バカ女!」と叫んだり、娘達の食べ物を「エサ」と称したり、執拗に彊く手足を引っ張って止まらなかったりと、女子どもへの差別も大変強いです。
私自身は神経発達症である為、遺伝したと考えられ、父の差別意識にはこの障害の、思い込みの激しいところが表れているのかもしれません。いまではある程度改善されていますが、若い頃父には他にも肩をビクつかすチック症、云ってはならないことを云う汚言症、偏食等変化を嫌うこと、歩調を合わせられなかったり行き先を云わなかったりする多動性、惡口の止まらないアスペルガー症候群等といった、神経発達症の症状が見られました。父にとって物である女子供は勿論、誰が相手でも會話が成立しているのは見たことがありません。
神経発達症は物事に興味を持ちづらく他者の言葉が聞き取れないのですが、身體的な難聴により紛れ、誰も氣づかなかった樣です。
亦、この障害はアドレナリンが足りないことで逆に攻撃的になるケースがあるのですが、それも山口縣民であること、學生時代野球部員だったことで見逃されてきました。

2018年1月ごろ、父と私で弥彦神社を参拝しました。私は父の車内で後部座席に座ったところ、父に非常に驚かれ、助手席に座らされ、手を握られました。その前後半年ほど、父から性的な接触が多く、私は眠りから叫び乍ら起きるなどの心的外傷の症状を示すようになりました。着替えているとき通りかかれば必ず部屋に入ってきました。父は私に「大好き」と囁き、膝枕を要求し、よく耳や首を舐めました。亦、乳房に顏を埋め首を左右に振ることもありました。最も記憶に残っているのは、父がアダルトサイトを見ている時無理やり私を膝に座らせ、口にキスし胸などを触ったことでした。

突然、2021年になってから、私は弥彦神社参拝前後のことを想い出しました。心的外傷には、事件の前後関係の記憶がないと云う症状があり、長い間思い出せなかったのです。
妹にLINEすると、妹が父に首を絞められたこと、口にキスされたことがあったことが判りました。
母は私の話を聞いて、父を連日責め立てた様ですが、どのような言葉で説き伏せたかは存じません。母は私が子どものとき、子供らしくない、女らしくないことをしたときに感情的に怒りをぶつけていたので、父に女子供を物と思うよう唆したのは、他ならぬ母だと考えられます。実際、私に謝罪した父は「大好きだから」と何度も申していたので、女子供、動物等のことを、選ばれるだけ、愛されるだけの、主體性のない対象と思い込んだままのようです。
神経発達症は相手の立場に立つことがありません。環境も症状も様々なので全員ではありませんが、父の場合どうしても、自身の好きな相手が、同様に自身を好きだと勘違いします。自身に快楽があれば、相手も快楽を感じると極めつける先天的な邪惡さを、克服する機会がなかったようなのです。


私はもはや4年も前に家を出て、経済的にも心理的にも絶縁状態ですが、自活しながら自信をもつようになったので、今回文章で神経発達症と性犯罪の関係をご説明することができました。
医師や相談員以外の誰かに父のことを話したことはなく、私には今後とも名誉毀損の意図はありません。家庭のことは貴社になんの関係もなく、本来このような話題は、例えば私が個人的に貴社の中に知り合いがいたとして、その方に單なる世間話として打ち明けるようなことだったと思います。然し知り合いはいないので、このようにかしこまってしまいました。
ご不快にさせるような内容で、大変申し訳ございません。末筆ながら皆様のご清祥をお祈り申し上げます。


敬具

令和7年2月26日









「暗」のところは本名にして、父の勤務する工場にこのような手紙を出しました。
中井君やフジテレビのニュースを観て、サド侯爵の『佛蘭西人よ、共和主義者になるには、もう一息だ』を讀み乍ら考えを整理し、推敲を重ねました。
推敲前の最初の文體には、どうせ父の上司もまた野球部で、女性蔑視の徒党を組んでいて、わたくしにその皺寄せが来たという構圖なのだろう、という恨みが滲んでいました。
實際、ホームページには新人の経験や知識ではなく、話が通じるかを重視して採用するとあります。野球部として誰もが自身を歓迎す可きと極め込んでいて、會話不能なのは自身なのに、對処することなく全部を新人のせいにすることが傅わってきました。亦學歴コンプレックスも見て取れる云い方なので、大學を出ていない男性が、大卒の女性を複数人侍らしたり痴漢したりする傾向を、互いに育てやすいのも想像できます。父は文系にコンプレックスをもつ理系の高専卒だから、わたくしを文系の大學へ行かせ、帰って来たところを襲ったといえるからです。
然しこのような惡意は、男性ではなく女性社員やパートへの氣遣いのメッセージとすることで解消できました。飽くまで思い遣りのある文體に爲ったでしょう。
春の陽射しのなかで何度もよそうとし、結局便箋は5枚と爲り、重さが分からないので郵便局へ行きました。毎朝出勤前に寡しずつ書いていると、それだけで満足し、笑顔が増えましたが、それも若し手紙を出さなければ、開放感は一時のことだったでしょう。



手紙を出すのを躊躇したのは、名誉毀損であること、折角引っ越したのに封筒に此方の住所を記す必要があることのほか、わたくしが根拠の無い倫理で、丸で同性愛を罪とするように近親姦自體を罪としていないか、と心配したせいもありました。結局は父やこの企業の爲ではなく、自己の唯物哲學の整理の爲に行う通報だからです。
ですが『佛蘭西人よ……』を精讀し、この偉人は自身の心に嘘をつくなと云いたい丈だと理解しました。サド侯爵の名前が挙がると笑う者の考える通り、確かに暴行を合法にする爲の屁理屈をでっち上げたくて著したのかも知れません。それでも、倫理に背いた者ではなく、自然に背いた者を罰しようと云う思想には胸打たれます:〈自然〉とは、現代では〈将来の夢〉と呼ばれるもののことです。
父は侯爵のように、實名で近親姦を合法にするよう運動するどころか、母や義父母に隠れてわたくしに手を出しました。わたくしは鬱病療養中で立ち上がることもままならず、そのような抵抗できない相手に慾情することに勇氣は必要ないので、性的マイノリティの氣高いカミングアウト等と同じにしてはなりません。ありのままの心とは、父自身が文系の學位を獲得したいのだ、と云うことであり、文學士の娘を痴漢することではありません。